第7話 出口
「加藤さん」Yが、朝通勤中に、声をかけてきた。
「昨日、寝ながら考えたんですけど。橋川さんみたいに、あの家の自分の物語から出られた人たちって、元の社会生活にかならずもどってくるんですか?」うん、どういうことだ。
「いや、別に違う仕事に就いたり、遠くに引っ越していっちゃうケースもあると思うんですよ。」ああ、鋭いところをつくな。
「そしたら、佐久間さんとか、あの家から自力で出て、別のところで暮らしてるってことないですかね?」俺が、それを知らないだけでか。こいつ結構頭がいいな。
「ああ、そういうこともあるかもしれないね。まえに、自力であの家の自分の物語から出て来れた人のなかで、日本の鹿児島県で家に入って、出たのはカリフォルニアだったって人がいたよ。彼は、そこから鹿児島まで、なんとか帰ってきたからそれとわかったけど、そのままカリフォルニアで暮らしてたら、周りの人はいつまでも、家にいるって思っていたかもしれないね。」
「あの家から、自力以外で出てくる人はいないんですか?」
「自分で作り込んだ物語を疑うところが始まりだから、自力以外ではないだろうね。外から、人がその物語の中に入ったとしても、その物語の住人が、その物語を壊す異物と認めれば、その人の物語から弾かれてしまうからね。」
「加藤さんは、他人の物語に入れたことはあるんですか?」
「何回かあるね。もし、君が誰かの物語に入るつもりならかなり注意しとかないと。保険をいくつかかけてから出ないとやめといた方がいいよ。」
「保険ってなんですか?」
「こっちの世界に対する未練かな。例えば、子供を迎えに行かないといけないとか、明日提出する仕事があるので明日は会社に行かないといけないとか、デートの約束とか、そういうもの。」
「それというのも、あそこで、繰り広げられている物語が、全てしわせな家庭生活みたいな物じゃないからね。僕が入った話の中には、ひたすら戦場で逃げ回るみたいな話とか、バスジャックしたバスの乗客をひたすら殺して行くみたいな話もあったからね。そんな話に巻き込まれたら、殺される側だったりしたら、ひたすら死に続けるみたいなことになることもある。実際、そんな状態になったこともあるしね。」
「よく、帰れましたね。」Yがいう。
「たまたま、前回みたいに。表に止めた車のイモビライザーがなってたんだ。それが聞こえて、ああ、これは物語だと気がつけたんだ。」
「よくなるイモビライザーですね。なんでなったんですか?」
「その時は、半ドアだったドアが風で開きかけたんだけど、鍵はかかってて、中途半端に空いたドアのセンサーに反応したみたいだったけど。」
「なるほど。」
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