第6話 次の次の日

「あれから、家で寝ながら考えたんですけど。」Yが切り出した。日曜日を挟んでの会社での朝だ。

「あそこから、帰ってきた人もいるんですよね。自分の物語を持ってたのに。その人に話は聞けないんですか?」俺が、あの家では自分の物語を持てなかったことは理解したらしい。

「そりゃ、たくさんいるよ。企画の橋川さんも確かそうだ。一年位前少し休職してたろ。その時だって聞いてる。」Yは少し驚いて。

「え、そうなんですか?結構身近にいるんですね。話聞いてみてもいいですかね?」

「そりゃ、本人が良ければいいけど、多分無駄だと思うよ。」

「あそこから戻った人は、あの家の中でのことはあんまり覚えてないことが多いし。」

「そうなんですか?なんでですか?」

「詳しい理由はよくわからないけど、夢から覚めたら見た夢の内容は、覚えてないことが多いよね。あれと同じじゃないかな?」

「ああ、そうなんですか。まあ、だめもとで今日のランチ中にでも聞いてみます。」

「うん、まあやってみ。」過去の経験上、10人が10人とも覚えてなかったが、そう言った。


「橋川さん、あんまり覚えてないみたいでした。」昼休みの終わり、午後の仕事が、ひと段落したところで、bが不意に切り出した。

「そうだろ。ほとんどの人は、ほぼ覚えていない。あの家から出たばかりの人は、まだ少し覚えてるけど、時間が経つにつれて忘れて行く。」

「あの家での出来事ってなんですかね?バーチャルリアリティーとかみたいなもんですか?」

「もうちょい上かな。あそこで、自分の物語の中で生きてる人にとっちゃ現実だよ。バーチャルじゃない。あそこから帰れなくなってる人にとっちゃ、こっちの現実の方が非現実なんだと思う。」

「そうそう、橋川さんは、こないだみたいにトイレの窓みたいなところから入ってないらしいですよ。えーと。そうそう洋館のような建物で、左右両開きの扉だったって。」

「ああ、家の形は、人によって違うらしいね。実は、場所も同じじゃない。俺が聞いた話では、ボロいアパートの2階の奥の部屋のドアが、入り口だった人がいた。それも、街中の。」

「加藤さんは、そこへはいってみたんですか?」

「いや、行けてない。他人の入り口には、一人では行けないんだ。こないだ、行った家は、俺の入り口で、俺と一緒に行ったから行けたんだ。」

「加藤さんは、何度もあの家に行ってるんですか?」

「ああ、結構多いな。一時期、君みたいにあの家の謎を解こうとしてた時があったからね。」嘘をついた。あの家に通っていたのは別の理由があったのだが。

「佐久間さん、探してたんでしょ。橋川さんそういってましたよ。『加藤が、この件に詳しいのは、佐久間君を連れ戻そうとしてたんだ』って。」いらないことを言う。あいつもそれに付き合って、ミイラ取りがミイラになりかけたのだが。本人は、その辺はもう忘れてると思ってた。

「佐久間さんってどんな人だったんです。」ち、だいたいその辺は、知ってる感じだな。おしゃべりは意外に多い。嘘をつくのも面倒なので、正直ベースで話そう。

「君みたいな、若い女性でね。俺の婚約、いや、ちょっと付き合ってた人だったんだ。随分、前のことだけど。」

「ヘー。自分であの家を見つけてたんですか?」

「みたいだね。何度か、あそこへ行き来して、帰ってこなくなった。」

「彼女は、どんな、物語を持ってたんですか。」

「幸せな家庭生活。」一言で言えば、そうだろう。彼女は、俺とそれを築くのでなく、自分で作った物語の中に埋もれていった。

「ヘー。結局、あの家で、彼女には合えたんですか?」

「一回、ニアミスはあったな。こないだの調理場にいた人みたいに、でも、俺は彼女の物語には入れてもらえなかった。」

「じゃあ、誰か別の人と暮らしてたんですか?」

「うーん。人なのか、彼女が作り上げた人形なのか分からなかったな。」

「いつ頃の話です。」

「もう十年くらい経つかな。橋川は、その時一緒に来てくれたんだ。そのうち、自分の入り口を見つけて、のめり込んでしまったけど。それをみて、あそこに通うのはやめたんだ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る