第4話 次の次の間
「オフィスですか。」机の並んだ、広めの部屋にでた。誰もいない。
「誰もいないですね。」
「そうだね、今から来るんだろ。休日出勤か何かかな。」男が、入ってきた。部屋の電気とエアコンのスイッチを控えめに入れ、部屋の端にある机に向かって行く。パソコンのスイッチを入れ、ゆっくりと立ち上がるパソコンの前で、伝票を書き始めた。
「今どき、手書き伝票なんですね。」Yが言う。
「ああ、休日出勤すまない。」男がYに向かっていった。
「はい?」Yが答える。
「なんだ、その格好。このあと山でも行く予定か?」男が続ける。
「ええ、らしいですよ。僕の方は、このあと散髪ですが。」僕が続ける。
「すまないな、なるべく早く終わらせよう。皆でやれば、二、三時間くらいで終わるだろう。」
「加藤さんどういうことです?」Yがコソコソと僕に聞く。
「物語に入れてもらったんだよ。彼が、この物語を作った本体かどうかはわからないけど。」
「じゃあ、インタビューできますか?」Yが言った。
「しばらくは合わせといた方がいいかな。それほど危険な物語でもないし。」
「課長何から始めますか。」僕が男に向かって言った。
「ああ、この資料を1000部印刷してくれ。君は、それができたら端から、ホッチキスで閉じてもらえれば。私は、次に印刷する書類の作成に入る。」そう言って男は、パソコンに向かった。
「わかりました。」輪転機は。ああ、あそこだ。Yを促して部屋に入る。
「めっちゃ普通ですね。資料もちゃんとしてる。内容はよくわかんないですけど。」ホッチキスを止めながらYが言った。
「いまから、オフィスラブとか、地震とか事件が起きるんですかね。」
「いや、単純に月曜の朝一の資料を作ってるだけだよ。課長は、奥さんいるしね。」僕が続ける。
「え、そうなんですか?知り合いなんです?」Yが言う。
「いや、この物語に入って初めて会った人だ。でも、だんだん、僕らも物語の登場人物になりかけてる。ほら、昨日の課長と部長の衝突覚えてない?」
「え、いや怖いこと言わないでくださいよ。でも、ああ、思い出しました。応接で、一時間くらいやりあってましたね。私お茶出ししたからわかりますよ。かなり激しかったですね。」Yが言った。目を見開いた。
「え、怖わ!こんな記憶今までなかったですよね。」Yの手が止まった。
「うん。他人の物語に入るってことは、こういうことだ。自分をしっかり持ってないと、このまま、この物語に溶けていっちゃう。コツは、頭の半分は、元の世界のことを考えておくんだ。」
「うん。難しいですね。」Yの目線が宙を舞う。
「そろそろ、出た方がいいかな。ちょっと課長を夕食にでも誘ってみて。」Yに向かって言った。
「は?なんでですか。」
「多分、この物語だと、そんな場面はなさそうだから。ホラ。」
「わかりました。」Yが男へ向かっていく。
「課長、今晩一緒に夕食でもご一緒しません。二人で。」課長の目線が宙を泳いだ。
「お疲れ。ホラ、もう彼には触れない。物語から締め出されたんだ。」Yに向かっていう。
「ほんとだ。でも、ずっと仕事してますね。」
「彼に取っての現実が、こうなんだろ。女性から仕事中に食事に誘われる物語は現実味がないのさ。」
「なんで、私にさせたんです。加藤さんが何かしても良かったんじゃないですか?」
「君だけ、彼の物語に残ったまんまだと、助けに行けないからね。僕は、自力でも出られる。さあ、この部屋を出よう。」オフィスのドアを開けた。
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