第11話
「和也さん……どうして?」
リビングには見慣れない男性が立っていた。
恭子さんが声をかけると、男性はにっこり微笑みながら手を振った。恭子さんの旦那さんは180cm以上の長身のイケメンで、眼鏡をかけていた。
まるで少女漫画から飛び出てきたかのような、優しさだけが取り柄のような男性だった。
「生徒たちとのクリスマスパーティーを少し抜けてきたんだ。どうしても恭子にこれを渡したくてね」
彼は高価そうな箱を恭子さんに差し出した。
「開けてみて」
恭子さんが高価そうな箱を開けると、そこには見るからに高価なゴールドのブレスレットが入っていた。
「恭子、ジャネルのブレスレット欲しがっていただろ?」
「知ってたの?」
「当然さ、夫婦なんだから」
「……そっか」
「あまり嬉しそうじゃないみたいだけど?」
「ううん、そんな事ないわよ。すごく嬉しい。ありがとう、和也さん」
笑顔の彼女とは対照的に、僕の気持ちは深い海の底に沈んでしまったかのように冷たい暗闇に包まれていた。
僕は後ろ手に持っていたプレゼントをこっそり隠しながら、部屋の隅に移動し、素早くバッグの中に押し込んだ。
「……っ」
旦那さんが愛する奥さんにプレゼントをあげたところを目撃しただけだというのに、僕の心はまるで鋭いドリルで穴を開けられたような激しい苦痛に襲われた。その痛みは呼吸を奪い、気を抜けば涙がこぼれ落ちそうだった。
「――――」
「……」
一瞬、香織さんと視線が交差したが、僕はすぐに視線を逸らした。彼女の目からは同情がにじみ出ているように感じられ、それに耐えることができなかった。
「姉ちゃん、まだ料理残ってただろ? 和也さんにも出してやれよ」
「あー……気持ちは嬉しいんだけど、またすぐに戻らないと行けないんだ。学生たちが待っているからね」
「ビーフシチューくらいならいいだろ? 和也さん姉ちゃんのビーフシチュー大好物だっただろ? ほら、姉ちゃん早く温め直してやれよ」
「うん」
急いでキッチンに向かい、鍋に火をかける彼女を見ながら、ここに自分の居場所がないことを再確認した。この状況に抗ってはいけない。彼女の幸せを願い、尊重することが、唯一僕にできることなのだ。
わかっていたはずなのに、やっぱり辛いや。
彼女が幸せそうに笑っているのを見ると、胸にナイフが突き刺さったかのような痛みが走った。こんな気持ちになる自分が本当に嫌で、自己嫌悪に襲われる。ここに長居してしまうと、ますます自分自身を嫌いになってしまうのではないかと、そんな不安と恐怖を感じていた。
「鞄なんて持ってどうしたんだよ、涼太」
「僕……そろそろ帰るよ」
「は? なんで? 明日から冬休みなんだし、泊まっていけば?」
「さすがにそこまでお世話になるのは申し訳ないよ。着替えも持ってきてないし、制服のままだしね」
「あー……それもそうだな」
「恭子さん、ご馳走様でした。香織さんも色々とありがとうございました。お陰でとても楽しいクリスマスイヴになりました。それでは、失礼します」
この胸に秘めた想いを、どうしようもない感情を知られぬように、僕は精いっぱいの笑顔でお辞儀をした。
「涼太くん、話があるんじゃ……」
「いえ、何でもありません」
「でも――」
「本当に何でもないんです!」
旦那さんからジャネルの高そうなブレスレットを貰った恭子さんに、今更あんなブレスレット……渡せるわけない。
「お邪魔しました――」
「涼太くん!」
僕は逃げるように、一之瀬家を飛び出した。
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