第10話
「学生時代を思い出すなー」と、香織さんが懐かしそうにつぶやいた。
隣にいる恭子さんは女神のような微笑みを浮かべていた。
「交換する相手って、どうやって決めるんですか?」と、僕が尋ねると、香織さんはスマホをテーブルの上に置いた。
「……?」
「それでは、ここでルール説明をします」
香織さんがわざとらしく咳払いをすると、恭子さんと一之瀬がパチパチと拍手を送った。僕も二人に続いて手を叩いた。
「今からクリスマスにぴったりの歌が流れます。その歌に合わせてプレゼントを回し、歌が終ったときに手にしていたプレゼントが自分のものになるってわけ!」
小学生の頃、似たようなことをこども会で経験していた。あらかじめ友達が持ってきているプレゼントを確認して、欲しいプレゼントが手元に来るように細工をしたことを思いだす。
「……」
是が非でも恭子さんのプレゼントが欲しい。たとえインチキをしたとしても……。
「それじゃあ、音楽スタート!」
〜〜〜〜〜♪
賑やかなクリスマスソングが流れる中、僕たちはプレゼントを回し合った。
このペースは速すぎる。恭子さんのプレゼントを手に入れるためには、もう少しゆっくり回す必要がある。
……仕方ない。
「あっ! 涼太がタイミングを変えてきた!」
「い、一定のリズムで回すより、こっちのほうがゲーム性があって楽しいよね?」
「あー、確かにそうだな! よし、なら俺もっ」
恭子さんのプレゼントが手元に来るよう、巧妙に調整しているつもりだったが、香織さんだけは何かを察知したように笑っていた。
「……っ」
非常に気まずかったが、音楽が鳴り止んだとき、僕の手には恭子さんのプレゼントがあり、恭子さんの手には僕のプレゼントがあった。
よし!
思わず心のなかでガッツポーズをしていた。
「何が入っているのかなー?」
恭子さんがプレゼントの中身を確認している。
「アロマキャンドルだ!」
「良かったじゃん。恭子、アロマキャンドルにハマってるって言ってたもんね。まるで知ってたみたいなチョイスだよねー」
「……っ」
だから、なんでいちいちこっちを見るんだよ。
「ぼ、僕のはなんだろう?」
香織さんから逃げるようにプレゼントを開けた。
「マフラーだ!」
ネイビーカラーのマフラーは、その深い青色が非常に洗練されており、センスが光っている。さまざまなスタイルに合わせやすく、制服からカジュアルな服装にもしっくりと馴染むようにデザインされたものだった。
「すごく暖かい!」
「涼太、マフラー持ってなかったもんな、丁度良かったじゃん」
「うん!」
恭子さんからのプレゼント、それだけで幸福感に包まれていた。このままずっと首に巻いていたい気持ちでいっぱいだった。
「気に入ってもらえて良かったわ」
「はい! 一生大事にします!」
ちなみに、香織さんから一之瀬へのプレゼントはニット帽だった。一之瀬のプレゼントは女性用の香水だった。
ん……女性用の香水?
一之瀬のやつ、僕に当たったときのことは考えなかったのだろうか。一之瀬のことだから考えていなかったんだろうな。
ま、僕も人のことは言えないのだけど……。
「ねぇ、例のプレゼント、いつ渡すの?」
食事を終え、恭子さんの手作りケーキも堪能し、ソファでリラックスしていると、突然香織さんが猫のように近づいてきた。
「え……プレゼント? 何のことですか?」
誤魔化してみたのだが、それはさすがに無理あるんじゃない? と言われてしまった。その点については、僕も同感だった。
「さすがに友達の前で、友達のお姉ちゃんに渡すのは恥ずかしいか……よし! ここは香織お姉さんに任せなさい!」
「いや、あの――」
みなまで言うな少年、と香織さんが手のひらを突き出してくる。
「涼太くんくらいの年の男の子は、意味もなく年上のお姉さんに憧れるものなのよ」
「……」
その言い方に少し、いや、かなり不満を感じていた。年上のお姉さんなら誰でもいいわけではない、意味もなく憧れているわけでもない。
僕は純粋に恭子さんが好きなんだ。
だから、そんな風に言われるのは心外だった。
とはいえ、協力してくれるというのなら、ここは大人しく従おうと思う。
香織さんがキッチンに向かっている間に、僕はそっと鞄からプレゼントを取り出した。一之瀬は食べすぎたらしく、居間で大の字になっていた。
あの様子だとしばらくは動かないだろう。
「チャンスは今しかない!」
香織さんが恭子さんを連れて来てくれるまでの間、僕はジェットコースターの急降下を体験しているように、心臓が激しく高鳴っていた。
「涼太くんが恭子に話があるんだって、ね?」
「あ、はっ、はい!」
「どうせなら夜風に当たりながら、ベランダで話したら?」
「そうする?」
「お、お願いしますっ!」
香織さんのナイスアシストでベランダに向かおうとしたその時――ピーンポーン♪ 突然ドアチャイムが鳴り響いた。
「俺が出るよ」
一之瀬が苦しそうにげぷっと声を出し、インターホンに向かった隙に、僕は恭子さんをベランダへと連れ出した。
――寒っ!?
冷たい風が吹きつけてきて、僕の体には氷のような寒さが広がった。
「気持ちいいー。少し酔っちゃったみたいだから、丁度夜風に当たりたかったんだよね」
「ぼ、僕も!」
「うふふ、涼太くんはオレンジジュースだったでしょ。おかしい」
「で、ですよね。あはははは――」
それにしても、本当にきれいな人だな。雪のように白い肌と、お人形さんみたいに長いまつ毛。薄いくちびるは女性らしく、とても魅力的だった。
だが、どうやってプレゼントを渡せばいいのだろう?
これまで女性にプレゼントをした経験がなかった僕は、プレゼントを渡すタイミングが分からなかった。
困ったな……。
アドバイスと助けを求めるように室内に振り返ると、香織さんがサムズアップしていた。
「……」
仕方ない。
ムードやタイミングを気にせず、素直にプレゼントを渡すか。
「あ、あの!」
「どうかした?」
「実はその――」
僕が意を決してプレゼントを渡そうとした瞬間――ガシャンと扉が開き、慌てた様子の一之瀬が現れた。
「姉ちゃん! 和也さんが来たぞ!」
「え?」
「ええっ!?」
予想外の言葉に、恭子さんより僕の方が驚いていた。
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