第9話

「メリークリスマス!」


 ――――パンッ!


 一之瀬が玄関扉を開けると、クラッカーの破裂音と共に、色とりどりの紙テープや紙ふぶきが飛んできた。


「ちょっと姉ちゃん! びっくりして腰抜かすところだっただろ!」

「ドッキリ、大成功! イェーイ!」


 家の中にはいたずらな笑みを浮かべる恭子さんがいた。普段の大人っぽい恭子さんとは違い、今日の彼女はサンタの帽子をかぶり、無邪気な笑顔を振りまいていた。彼女の笑顔は周囲の人々に幸福感と温かさをもたらし、まるで彼女が魔法をかけているかのようだった。


 恭子さんの新しい一面を発見し、僕は先ほどまでの不安が吹き飛んでいた。


「んんっ!?」


 しかし、次の瞬間、僕は驚きに目を丸くしてしまう。

 恭子さんの隣に立ち、彼女と笑顔でハイタッチを交わす女性に見覚えがあった。


 なっ、なんでデパートのお姉さんが一之瀬の家にいるんだよ!?


 ショートカットがよく似合うそのお姉さんは、ティファンニーでプレゼントを一緒に選んでくれた店員のお姉さんで間違いない。


「涼太くん、また会ったね」と彼女がにっこりと笑った瞬間、僕は全身に冷や汗をかき始めた。


「あれ……香織、涼太くんのこと知ってるの?」

「――――!?」

「ま、ちょっとねー」


 心拍数は信じられないほど急速に上昇し、同時に数日前のデパートでの出来事がフラッシュバックした。


「……っ」


 僕は、恭子さんへの恋心が彼女に察知されてしまっているのではないかと、不安になった。


「おーい、大丈夫?」と、お姉さんが僕の顔の前で手を振った。


「え……あ、はい」

「涼太くん、ごめんね。びっくりしちゃったよね?」

「開けた瞬間パンッ! だもんな。そりゃビビるって。姉ちゃんたちやり過ぎなんだよ。反省しろ」

「はーい。さぁーせんでしたぁー」

「驚かせてしまって、ごめんなさい」

「いえ、そんな、僕はぜんぜ――――」

「香織さん、相変わらず適当すぎなんだよな」

「接客業やってると、普段は適当になんのよ。おこちゃまにはまだわからんだろ」

「俺たちだって接客業だっつーの。なぁ、涼太」

「え、あ……う、うん」


 そんなことはどうでもいい。

 それよりも、なぜ彼女が一之瀬家にいるのか、そのことで頭の中は混乱していた。


「涼太くんも上がって。寒かったでしょ?」

「は、はい。……お邪魔します。――――!?」


 靴を脱いで家に上がる瞬間、ちらりとお姉さんの方を確認すると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。


 とてつもなく、嫌な予感がする。


「プレゼントは持ってきたかな?」


 リビングに向かう途中の廊下で、お姉さんが耳元でささやいた。


「……」

「恭子、絶対に喜ぶよ」

「……っ」


 やはり、僕が恭子さんにプレゼントを買ったことはバレていた。23歳の女性にプレゼントだと話していたので、それは仕方ない。問題は、お姉さんが僕の恋心に気づいているのかどうかだ。


 もし知られていたら、恭子さんに報告されてしまったら、もう気軽にメッセージは送れない。それは困る!

 恭子さんの態度から察するに、この香織という友人からはまだ何も聞かされていないようだ。できれば話される前に口止めをしたい。


「あの――――」

「もうお腹ぺこぺこのペコちゃんなんだけどー」

「なら、シチュー温め直すから、香織も手伝って」

「しゃあない。手伝ってやりますか!」


 ……焦るな。香織さんと話すタイミングは必ずやってくるはずだ。その時に、デパートでのことは忘れてくださいとお願いすればいい。


「涼太、飯できるまでマリカしようぜ」

「いや、でも……僕たちも手伝った方がいいんじゃないか?」


 できれば近くで香織さんを監視したいと考えていた。


「涼太くんはお客さんなんだから、遠慮せずにゲームしててね」

「恭子、あたしも一応お客なんだけど」

「文句言ってないで、香織は手を動かす」

「不公平じゃん。恭子のけちー」

「子供みたいなこと言わないの」


 それにしても、やっぱり恭子さんは綺麗だな。あんな人が恋人だったら、彼女にはじめて会ったあの夏の日から、何度そんなことを考えただろう。


「なんだ、香織さんに見惚れてんのか?」

「っなわけないだろ」

「ホントか? 涼太は無類の熟女キラーだからな」

「年上フェチから熟女キラーは飛躍しすぎだ! というか、二人とも熟女って年齢じゃないだろ」

「なら、パートの野崎さんは?」

「野崎さんは……熟女だね」

「好きか?」

「一之瀬、僕だってたまには怒るよ?」

「ヒヒヒ、冗談だって。ほら、マリカやんぞ」


 確かに香織さんも綺麗な人だけど、僕が好きなのは恭子さんだけだ。彼女以外の女性は全員、ひじきが生えた大根にしか見えない。


「涼太、マリカめっちゃくちゃ下手くそだな!」

「普段はもっと上手いんだけどね」

「んだよ、その言い訳」


 実際、今日は恭子さんと香織さんの会話が気になって、全然ゲームに集中できないんだ。


「そういえば、おじさんとおばさんは?」

「商店街のくじ引きで、ホテルのクリスマスディナー当たったんだよ。姉ちゃんが帰って来なかったら、俺の今日の晩飯はカップラーメンだったんだぜ。引くだろ? 高校生の息子のクリスマスイヴの晩飯がカップラーメンって……笑えねぇよ」

「確かに、それはちょっとあんまりだな」

「わかってくれるか、涼太!」


 美味しそうな香りに誘われて振り返ると、恭子さんと目が合った。瞬間的にドキッと胸が高鳴ったが、すぐに冷静さを取り戻す。その背後には、相変わらず満面の笑みを浮かべる香織さんが立っていた。



「すごいご馳走だ!」

「だから言ったろ、姉ちゃんの料理はすげぇって」

「うん!」


 テーブルには豪華な料理がずらりと並んでいた。前菜にはクラッカーの上に盛りつけられたポテトツリーサラダ。カッティングボードには三種のピンチョスと、クリスマスカラーのカプレーゼもある。メイン料理にはローストビーフとビーフシチュー、さらにクリスマスチキンも置かれていた。その他にもラザニアからシーフードパエリア、生地から作ったマルゲリータまで、さまざまな料理が並べられている。


「にしても、これ四人で食べる量じゃなくないか?」と一之瀬は少し眉をしかめていた。


 僕は恭子さんが作ってくれた料理なら、たとえ100人前でも食べきってやるつもりでいた。


「食べ盛りの男の子が何言ってんのよ。これくらいペロッと食べれるわよ。恭子が作った料理なんだから、なおさら楽勝でしょ? ねぇ、涼太くん」

「……え、ええ」


 なんで僕に言うんだよ。

 しかも、めちゃくちゃ笑ってるし。


「冷蔵庫にケーキもあるから、食後に切るね」

「はい!」


 人生最高のクリスマスパーティーが始まり、恭子さんと香織さんは大人らしい雰囲気でスパークリングワインで乾杯していた。一方、僕と一之瀬は高校生らしく、オレンジジュースで乾杯した。


「うわー、どれから食べよう」


 少し迷った後、僕は前菜のピンチョスを手に取った。


「!」


 口に運んだ瞬間、ハーブとスパイスの絶妙な調和が感じられ、その香りだけでも食欲をそそられた。一口食べると、食材の新鮮さが際立ち、特に生ハムとオリーブの組み合わせは絶妙だった。ピンチョスの上に広がるソースは、まるで口の中で芸術のような味わいを醸し出しているかのようだった。この一皿だけで、恭子さんの料理の腕が鮮明に伝わってきた。


 ビーフシチューは口に入れた瞬間、ほんのり心温まる美味しさが広がった。その豊かな肉の旨味が、しんみりと煮込まれた野菜と調和して、絶妙なバランスを奏でていた。シチューのソースは濃厚でありながらも滑らかで、一口ごとに異なる風味が楽しめた。肉は柔らかく、ほどけるような食感で、シチュー全体が温かい幸福感をもたらしてくれた。


 そして、何よりも、このクリスマスチキンが目を引いた。外側はパリッと焼き上げられた皮が、中はジューシーで柔らかい。香り高いハーブとスパイスの風味が、クリスマスの雰囲気を一段と盛り上げてくれた。


 一之瀬のいう通り、恭子さんの料理はどれも絶品だった。


「よし!」


 夢中で食べ進めていると、突然香織さんが手を叩いた。




「それでは、ここらで、お待ちかねのプレゼント交換といきますか!」

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