第6話

 人生でもっとも楽しみな12月24日まで、あとわずか4日。

 それは、ある水曜日の放課後のことだ。


 ホームルームが終わり、教室を飛び出すと、一之瀬から声がかかった。


「涼太、今日バイト休みだよな? これから中西たちとカラオケ行くんだけどさ、お前も行かね?」

「ごめん、今日はちょっと」

「なんだよ、やっぱり彼女できたんじゃねぇの?」

「それはない! 絶対にないから! だから恭子さんにそういうこと言わないでよ」

「……なんで姉ちゃんが出てくんだよ?」

「いや、まあ、ほら……僕は一之瀬家の諜報員として活動しているから、たまにLINEでやり取りするだろ? からかわれたりしたら嫌だからさ」

「あー、そういうことか」

「とにかく、僕、今日はちょっと用事あるから」

「おい、待てよ!」


 僕は急いで教室を出て、昇降口で靴を履き替え、高鳴る鼓動を静めるように電車に飛び乗った。目指す先は、高校生には縁遠いデパートだ。


「なんか……緊張するな」


 普段デパートに足を踏み入れる機会のない僕は、まるで田舎貴族が王城に足を踏み入れるかのように緊張していた。無意識のうちに、スクールバッグを持つ手に力が入った。


「アクセサリー売り場は何階かな?」と思いながら、エレベーター近くにあるインフォメーションでアクセサリー売り場の場所を確認する。


「3階か」


 本日の目的はクリスマスプレゼントをゲットすることだ。一之瀬の話によれば、クリスマスパーティーには一之瀬家恒例のプレゼント交換があるとのことで、予算は一人3000円までとのことだった。既に交換用のプレゼントとしてアロマキャンドルセットを購入済みだ。


 しかし、今日は交換用のプレゼントではなく、個人的に恭子さんにクリスマスプレゼントを贈りたいと思い、デパートまでやって来ていた。実際、僕がバイトを始めたのも、恭子さんにクリスマスプレゼントを買うためだった。


「この日のためにバイトを頑張ったんだ!」


 ここ数日、バイトが終わると、本屋に足を運んで女性が喜ぶクリスマスプレゼントについての特集を熟読していた。そこで得た知識によれば、恭子さんのような二十代の大人の女性がもらって喜ぶものの第一位は、アクセサリーだということだった。


 ただし、アクセサリーといっても、その種類は多岐にわたっている。代表的なアクセサリーとして、リング、ネックレス、ブレスレットが挙げられる。しかし、リングは避けた方が良いと思う。なぜなら、付き合っていない人からもらったリングは、インタビューに答えた女性たちからは気味が悪いという意見が多かった。


 ネックレスについても、恋人でもない人からは貰いたくないという、微妙な意見があるようだ。それならば、ブレスレットが無難な選択かもしれない。


 ネットでティファニーが安いと書かれていたので、その情報を信じてティファニーの取り扱いがあるデパートまで遠路はるばるやってきたのだが……。


「一、十、百、千、万、十万っ!?」


 どこが安いんだよっ! めちゃくちゃ高いじゃないか!

 ネット民は金銭感覚どうかしてるんじゃないのか。


 ネット情報を信じた僕がバカだった。

 ショーケースに並んだアクセサリーの多くが十万円代。中には数万円のネックレスやブレスレットもあるにはあるが、それでも数万円だ。バイトを始めたばかりの高校生には高額すぎて、武田信玄が便意を催したような顔になってしまった。


「何かお探しですか?」

「あ、いや……えーと……はい」


 ショートカットがとても似合う、綺麗なお姉さんが話しかけてくれた。


「ひょっとして、彼女さんにプレゼントですか?」

「あっ、いや、彼女とかではなくて……その、お世話になっているお姉さんに、何かプレゼントできたらなって……思っていまして」


 恥ずかしすぎて、塩を振りかけられたナメクジみたいに萎縮してしまった。


「その方のこと、お好きなんですね」

「……いえ」


 この気持ちは軽はずみに口に出してしまえるほど、浮ついたものではない。


 恋とはきっと宝物を見つけるようなものなんだと思う。その宝物は適切に扱わないと壊れたり、失ってしまう危険がある。軽はずみに好きだと言うことは、ようやく見つけた宝物を無造作に投げる行為のようで、大切なものを失う恐れがある。

 だから、誰にも触られないように、僕はこの恋をそっと宝箱にしまうのだ。


「そういうわけではないんですけど」

「その方は、何歳くらいの方ですか?」

「えーと、僕の6つ上だから、23歳です」

「あたしも23歳なんで、その方と同い年ですね。ご迷惑でなければ、一緒にお選び致しましょうか?」


 恭子さんと同い年の女性に一緒に選んでもらえるなら、間違いはないと思う。


「よ、よろしくお願いします!」


 折り目正しく頭を下げると、お姉さんがクスクスと笑っていた。注意深く店内を見渡すと、笑顔が広がるのはお姉さんだけではない。店にいたお姉さんたち全員が、まるで待ちかねた親戚がやってきたような目で僕を見ていたかのようだった。


「予算はどれくらいあるの?」

「えーと……」


 僕はお姉さんに対して耳打ちで応えた。

 ごにょごにょ……。


「プレゼントをあげるお姉さんはどんな感じかな?」

「どんな……?」


 うーん、と考え込んでしまう。

 モデルさんみたいとか、女優さんみたいとか、そんなありふれた表現はしたくなかった。

 早い話、言葉にするのがとても難しいということ。


「写真とかある?」

「あっ! それならあります!」


 一枚だけだが、恭子さんの写真を持っていた。恭子さんの友人が撮ってくれた、カフェでの一枚だ。


「この人です!」

「………」


 ん……?

 どうしたのだろう?

 恭子さんの写真を見たお姉さんが、写真を見た途端に固まってしまった。

 恭子さんの美しさに驚いているのかな?


「もう一度聞くけど、この人に、どういった用途で送るのかな? ……プレゼント」

「ですから、その……日頃の感謝を込めて」

「本当にそれだけ?」

「そうですよ」


 何なんだ、この人……。

 お客のプライバシーを尊重して、変な詮索はしないでほしい。


「そっか。なら、これなんかどうかな?」


 そう言って、店員のお姉さんが出してくれた商品は、シンプルなブレスレットだった。

 確かに、これなら大人っぽい恭子さんにもぴったりだと思う。


「これだとギリギリ予算内で収まるかな。他のだと、ちょっと予算をオーバーしちゃうのよね。ちなみに、あたしならこのブレスレットをプレゼントされたら嬉しいよ。センスも悪くないしね」

「これにします!」


 満面の笑顔でブレスレットを購入すると、お姉さんはおかしそうに笑っていた。

 僕ってそんなに変なのかな?


「君、本当にかわいいね。これは確かに、年下にハマりそうになるわ」

「……?」

「ううん、こっちの話。いいイヴになるといいわね」

「……クリスマスじゃなくて?」

「ああー、うん。いいクリスマスになるといいわね」

「はい!」



 お姉さんにお礼を言い、僕はデパートを後にした。

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