第3話

「はぁ……恭子さん………」


 一之瀬の家で恭子さんに会って以来、僕の頭の中は彼女のことで一杯だった。


「LINE、来ないなぁ……」


 あの日以来、何度か恭子さんとメッセージをやり取りしたが、その内容は一之瀬の授業態度についてがほとんどだった。それでも、恭子さんからのLINEが嬉しかったし、ここ数日は何も届いていないのが気にかかっていた。


「用事もないのに、こっちからメッセージを送るのは迷惑かな?  やっぱり迷惑だよな〜」


 相手は主婦だ。

 暇を持て余した高校生とは違い、きっと忙しいに違いない。用もないのにメッセージを送るのは、ちょっと気が引けるな。 


「んんんんんんんんっ!」


 この頃の僕にできることは、ベッドで悶々としながらスマホを見つめ、思いを込めてメッセージが来ることを祈るだけだった。

 すると、ピロリロリン♪  祈りが通じたのか、恭子さんからLINEが届いた。


『やっほー! 今、学生時代の友達とお茶してるんだ。涼太くんはお勉強中かな? もし時間あったら、真司にも勉強教えてあげてね♡』


 メッセージに続いて、友人が撮ったと思わしき写真が添付されてきた。それにはおしゃれなカフェでコーヒーといちごのケーキを楽しむ恭子さんの姿が写っていた。


「ヤバい! 超可愛い!」


 写真の恭子さんに見とれながら、すぐに返信用のメッセージを入力する。


『恭子さん超可愛い"(∩>ω<∩)"』

『というか相変わらずすごい美人!( ¤̴̶̷̤́ ‧̫̮ ¤̴̶̷̤̀ ) ✧』

『旦那さんが羨ましすぎます(´º﹃º`)』

『いちごのケーキも美味しそうだなー。いいなー。( ̄・ω・ ̄)』

『僕も食べたい(*´﹃`*)』


 興奮しすぎて連投しすぎたかな…?

 そんな僕の不安を打ち消すかのように、すぐに恭子さんからのメッセージが届いた。


『涼太くんLINEだと饒舌だよね。というか、かわいいなんて言われたの、お姉さん久々かも。ちょっと嬉しい♡

 緊張しておどおどしてたのが嘘みたいだねー』

『あっ、友達にLINE見られた(笑)涼太くんの顔文字かわいすぎるだって』

『恭子さんの可愛さには負けます(*´ ᴗ `*)カワイイ』

『友達が年下の男の子に目覚めそうだって(笑)涼太くんやるじゃん』

『恭子さんからモテたい(灬ԾٮԾ灬)』

『涼太くん、可愛いから好きだよ♡』

『僕も恭子さんしゅき⁄(⁄ ⁄>⁄-⁄<⁄ ⁄)⁄(/// ^///)』


 ヤバい。すごく楽しいな。

 恭子さんからLINEが届くだけで、胸の鼓動が速まる。これまでクラスの女子とLINEのやり取りをしていても、こんなにワクワクしたことはなかった。それに、今は恭子さんからの返信が、1分1秒が永遠のように感じられる。


 だけど、それは嫌な時間ではない。

 既読がついてからメッセージが届くまでの時間がこんなにも待ち遠しく、愛おしく感じたことは一度もなかった。


 本来の僕はLINEやメールが苦手だったはずだ。過去には一之瀬から紹介された女の子ともLINEのやり取りをしたことがあったけど、途中で僕の方が面倒くさくなり、返信をしなくなってしまったこともあった。いわゆる既読無視というやつだ。

 あの時、一之瀬にめちゃくちゃ怒られたっけな。



「お前は女心を分かっていなさすぎだ!」


 その言葉は当たっているように感じたけれど、違うんだ。

 僕は今まで異性に恋をしたことがなかっただけだったんだ。

 だって、今はこんなにもLINEが楽しいんだもん。


 僕は恭子さんのことを、心の底から大好きだと思った。それがとても嬉しかった。僕にも人を好きになることができるんだと気付けただけでも、恭子さんには感謝しなくちゃ。


「恭子さん……」


 一之瀬が言った通り、僕は元々年上の人が好きだったのかもしれない。でも、それが恭子さんという、僕の理想の女性が現れたことで、本格的に恋に目覚めたんだと思う。いや、恭子さんだからこそ、僕は初めて恋をすることができたんだ。


「……会いたいな」


 無意識に漏れたその言葉で、ふと我に返った。


「何考えてんだよ! 相手は一之瀬のお姉さんなんだぞ。それも……人妻だ」


 許されるわけがない。そもそも、僕みたいな高校生が相手にされるわけがない。

 相手は23歳の大人の女性だ。

 一之瀬からそれとなく聞いたところ、恭子さんの旦那さんの和也さんの年齢は33歳。このことからも、恭子さんが年上好きなのは明白だ。


 しかも、旦那さんは大学で教鞭をとる講師。エリート中のエリートだ。逆立ちしても勝てっこない。


「勝負すること自体、ダメなんだよ……」


 だって、相手は既婚者なんだから。

 だけど、一度芽生えてしまったこの気持ちを、初めての恋心を抑えつけることなんてできない。


「LINEをするだけ……それくらいなら、いいよね?」


 それは自分自身を苦しめることだとわかっていながら、僕はスマホを握りしめ、LINE画面を見つめていた。


「恭子さん……好きだ」

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