第32話
甲高い悲鳴をあげたのと、玄関のドアが破られたのはほぼ同時だった。
複数の人の足音と話し声が聞こえてきて、輝明の手があたしから離れた。
その瞬間を見計らい、ドアへ向かって叫んだ。
「誰か助けて!!」
輝明がハッとした表情であたしの口を塞ぐけれど、もう遅い。
人の足音はこちらへ近づいてきている。
一体誰が来たんだろう?
誰でもいい。
助けてくれれば、それで……。
数回ドアノブを回すのが見えて、「開けろ!」と、男性の声が聞こえて来た。
「誰かが通報しやがったな」
輝明がそう呟いて舌打ちをする。
警察!?
あれだけ大声を出していたから、近所の誰かが通報してくれたのだろう。
これで助かった。
そう思った次の瞬間、ドアが蹴破られて複数の警官隊が突入してきたのだった。
☆☆☆
あの日輝明は捕まった。
あたしへの接近禁止命令も出されたようで、普通の日常が戻ってきていた。
でも……。
「運命の相手探しはもう終わり?」
いつもの教室内で佐恵子がそう聞いて来た。
『運命の相手』とか『赤い糸』という言葉を聞くだけで、あたしの中には恐怖心が芽生えるようになっていた。
青ざめて「やめてよ」と言うと、佐恵子は申し訳なさそうな表情になってうつむいてしまった。
「ごめん。でもまだ、傷が癒えてなくて……」
あたしはそう言って左手を見た。
小指の断面は完全にふさがれているけれど、未だに電気を通したときのような痛みを感じる時がある。
それに……。
視線を更に下へと移動した。
あたしの足首にしっかりと絡み付く黒い糸。
それを見た瞬間、あの部屋の光景が蘇ってくる。
輝明の両親も無事に助け出されたが、まだ入院中だ。
精神的なショックが大きすぎて、二度と日常生活には戻れないかもしれないらしい。
それだけで、輝明がどれほど猟奇的なことをしてきたのか、わかる気がした。
そんな相手とあたしは、まだ糸で結ばれている。
輝明が少年院から出て来たら、その時はまた……。
一瞬、佐恵子の顔が輝明の冷たい笑顔に見えた。
「嫌!!!」
勢いよく、椅子を蹴とばして立ち上がり、佐恵子から遠ざかる。
「朱里? どうしたの?」
『朱里ちゃん? どうした?』
目の前にいるのは佐恵子なのに、輝明の声が聞こえて来る。
運命は変えられない。
もう変えることはできない。
気が付くとあたしは手にカッターナイフを持っていた。
黒い糸が絡み付く足首を見下ろす。
「ちょっと朱里?」
「来ないで!!」
佐恵子へ向けて怒鳴っているのに、輝明に向けて怒鳴っているような気がした。
それもこれも、この糸のせいだ。
でも……。
糸が繋がれば、また切ればいい。
何度も何度も切ればいい。
繋がった箇所を、なくせばいい。
そうすればいつか最後には……。
あたしはカッターの刃を自分の足首に深く食い込ませたのだった。
END
運命ノ黒イ糸 西羽咲 花月 @katsuki03
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