第31話

輝明が特定の彼女を作らない本当の原因は、きっとそれだ。



付き合っても愛情表現だと勘違いして相手を殴るから、長く付き合うことができないのだ。



「違うよ輝明。それは愛情じゃない!」



「俺の両親のやったことが違うっていうのか」



スッと目を細めてそう言う輝明。



「だって――」



『それは虐待だよ!』



そう言う前に、殴られていた。



頬を打つ音が響いて横倒しに倒れる。



顔をしかめるあたしを見て、輝明は恍惚とした表情を浮かべた。



「こうして、何度も好きだって表現するのにみんな俺から離れて行く」



「輝明……。暴力をやめれば、彼女たちだってずっと一緒にいてくれたよ?」



「暴力? それは悪いことだろ? 俺がしているのは愛情表現だ」



輝明の言葉に涙が溢れだしていた。



輝明は、暴力は愛情だと思い込むことで自分の心を守ってきたのかもしれない。



「殴っても、相手は喜ばないよ。きっと、輝明の両親だって喜ばない。だからもうやめよう?」



すがるような気持でそう言った。



長年蓄積されてきた歪んだ愛情が、簡単に変わるとは思えない。



けれど、このままじゃ輝明が可愛そうすぎた。



「両親は喜んでたよ。俺の愛情表現を」



「え……?」



「ほら、見て」



そう言って輝明が1つのドアを開いた。



その瞬間、キツイ異臭が鼻腔を刺激した。



血と汚物の匂いだ。



あたしは咄嗟に右手で自分の鼻を押さえた。



そうしないと、我慢できないほどの匂いなのだ。



部屋の中へ入るようにうながす輝明に、あたしはそっとドアへ近づいた。



一歩手前で立ちどまって中を確認しようとしたとき、輝明があたしの背中を押していた。



バランスを崩して部屋の中へと転がり込むあたし。



その瞬間、目、が合った。



ソレは2体あり、男女だった。



ソレは黒いゴミ袋に入れられて顔だけを出した状態だった。



ソレの口はサランラップがグルグル巻きになれていて、ソレは喋れない状態だった。



ソレの目は血走り、あたしを凝視している。



「ひぃ!」



悲鳴をあげてドアの外へ逃げようとしたが、輝明が立ちふさがり行き場を失ってしまった。



「どう? 俺の、最上級の愛情表現は?」



輝明はキレイな顔で笑う。



嘔吐感が込み上げてきて、唾を飲み込んでそれを抑え込んだ。



「この人たちは誰?」



「俺の両親だよ」



そう言い、女性の方へ歩み寄り頭を撫でた。



輝明が近づくだけで女性の目が恐怖で歪んでいる。



どれほどの暴力を加えられたのかわからない。



いつからここに監禁されているのかもわからない。



ただ、糞尿の匂いは間違いなくゴミ袋へ入れられた2人から漂ってきていた。



「海外赴任中だって……」



「嘘だよ。本当のことを言ったら、みんな逃げて行くから」



輝明は笑顔を絶やさず、当然のことのように答えた。



背中に冷たい汗が流れていく。



ここにいちゃいけないとわかっているのに、行く手を阻まれたまま身動きができなかった。



輝明が後ろ手に部屋の鍵を閉める音が聞こえて来た。



「お願い……許して。輝明とは絶対に別れないって約束する! だから、ここから出して!」



「ダメだよ」



輝明の両手があたしに伸びる。



それを見て咄嗟に身をかわしていた。



こんな状況なんだから、きっと誰でも逃げようとしただろう。



でも、それが悪かったんだ。



輝明の表情が一変に冷たい視線であたしを見下ろした。



「朱里ちゃんも、逃げようとするんだ?」



「い、今のはビックリしただけ!」



慌てて弁解するが、輝明は聞き入れてくれない。



「朱里ちゃんも、他の子たちと同じなんだ?」



「違うってば!」



金切声を上げて逃げようとするも、輝明に左手を掴まれてしまった。



もうなくなってしまった小指がズキズキと痛んだ。



「お前も、ゴミ袋の中だ」



輝明はあたしの耳元でそう囁いたのだった。




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