第30話
☆☆☆
あたしは輝明に連れられて、夜の道を歩いていた。
『ついてこい』と言われたら、もう拒否することはできなかった。
看護師さんたちの目をかいくぐり病院へ出た時は死を覚悟した。
「俺、今一人暮らしなんだ」
前を歩く輝明が言う。
「お兄さんは一緒じゃないの?」
「兄貴はもう結婚してる。両親は海外赴任中」
そう言う輝明は楽しそうで、今にもスキップしだしそうだ。
一体、これからあたしはどうなるんだろう?
自分の足首から伸びている黒い糸は、囚人の手錠のように見えた。
ガッチリと結ばれていて、決して離れることはできない。
「ところで朱里ちゃん」
不意に輝明が立ち止まり、振り向いた。
その顔が月明かりに照らされ、笑っているのにどこか寒気がした。
「な、なに?」
「俺と別れるなんて嘘だよな?」
その質問にあたしはグッと言葉に詰まった。
本当だと言ってもきっと輝明は別れてくれないだろう。
「あたしの運命の相手は、別の人だったの」
あたしは勇気を振り絞り、そう言った。
輝明の顔から徐々に笑みが消えて行く。
冷たいほどキレイな顔であたしを見ている。
「それなのに、あたしはその相手が嫌で、運命の糸を切った」
そう言うと、輝明は黙って歩き出した。
あたしはその後をついて歩く。
1人目も2人目も、3人目も切った。
そしてたどり着いたのが、輝明だった。
そう説明したとき、一軒家の前に到着していた。
「ここが俺の家」
そう言って玄関を開けて、入るように促す輝明。
入っちゃダメ!
本当的にそう感じて、あたしはその場に棒立ちになってしまった。
「どうした? 早くおいで」
輝明があたしに手を伸ばし、そして左手をきつく掴んだ。
その瞬間、激しい痛みが全身に駆け抜ける。
「痛いから離して!」
「朱里ちゃんが中に入れば離してあげる」
輝明の言葉にあたしは下唇をかみしめて、玄関へと足を踏み入れたのだった。
☆☆☆
「少し殴ったら別れるのって、どうして?」
輝明は玄関の鍵をかけながら、あたしにそう聞いて来た。
「殴られるのは誰だって嫌でしょ?」
「嫌? なんで?」
「なんでって……」
反論しようとして、言葉を失った。
あたしに質問をしてくる輝明は、本当に理解していないようで、首をかしげているのだ。
「本当にわからないの? 嘘でしょ?」
殴られたら痛い。
心も傷つく。
そのくらい、当たり前だ。
「暴力って、愛情表現じゃない?」
輝明はそう言い、突然Tシャツを脱ぎ始めたのだ。
「ちょっと、なにしてるの!」
慌てて止めようとした時、あたしの目に複数の傷痕が飛び込んで来た。
顔や、服から出る場所に傷なんて1つもないのに、輝明の体はアザや切り傷、火傷の痕などが無数にある。
「なに……これ……」
思わず、傷の1つに手を伸ばしてそう聞いた。
触れた部分は火傷をしたのか、皮膚がひきつってケロイド状になっている。
「両親がやってくれたんだ」
輝明は傷を愛しそうに眺めてそう言った。
「両親って……。いつから?」
「ずっと前から。幼稚園の頃くらいからかな? 愛してるからだよって言いながら、叩いたり蹴ったりしてくれるんだ」
「嘘でしょ……」
輝明はそれが愛情であり、虐待だと疑わずに生きて来たのだろうか。
「だから、付き合った子たちにも同じようにしてあげるんだけど、なかなか伝わらないんだよね」
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