第29話

☆☆☆


目を覚ました時、あたしは見知らぬ部屋にいた。



なんだかすごく頭が重たくて、ボーっとしている。



仕方なく目だけ動かして周囲を確認してみると、点滴の袋が見えた。



ここは……病院?



そこでようやく記憶が蘇って来た。



あたしは病院の近くの公園で、自分の左小指を切断したのだ。



カッターナイフで肉を切る時の感触が、リアルに思い出される。



骨にぶち当たって刃が動かなくなった時、あたちは力づくで自分の小指の骨を折ったのだ。



ゴキッと嫌な音がして、激痛が全身を貫いた。



それでも指はまだくっついていて、黒い糸はそこから伸びていた。



気絶するほど痛いのにどうして離れてくれないんだろう。



そう思い、涙でグチャグチャに濡れながら、残っていた肉をすべて切断したのだった。



小指が離れて床に落下した時の安堵感を今でもしっかりと覚えていた。



しかしその後気絶して倒れてしまったようだ。



病院が近いから、きっとすぐに運ばれて来たんだろう。



そう考えて、あたしは自分の右手を確認した。



あたしの右手はすべて包帯を巻かれていて、小指がどんな状態なのかわからなかった。



でも大丈夫。



もう切り取ったのだから。



運命の黒い糸は消えた。



「朱里!?」



そんな声を同時に佐恵子が病室へ入って来た。



あたしは目を丸くして佐恵子を見つめる。



そうだ、寺島はどうなったんんだろう?



「もう! 朱里が運ばれてきたって聞いて、気が気じゃなかったんだよ!?」



「ご……ごめん」



泣きじゃくっている佐恵子に驚き、上半身を起こそうとしたけれどうまく力が入らなかった。



点滴の影響かもしれない。



「佐恵子。寺島は?」



「大丈夫。意識が戻って、脳に異常もなかったよ」



それを聞いた瞬間、自然と涙が流れおちていた。



よかった……。



佐恵子の運命の相手が死んでしまったらどうしようかと、本気で心配していたのだ。



「それよりも、なんで小指を切り落とすなんて無茶なことしたの!」



佐恵子は泣きながら怒っている。



「ごめん。でも、もうこれ意外に方法がなくって……」



小指を失うことで運命を元に戻すことができるなら、簡単なことだった。



「やめてよね。寺島くんがこんなことになって、朱里までいなくなったらあたしは一人ぼっちになっちゃうんだよ?」



涙をぬぐいながらそう言う佐恵子に、あたしはもう1度「ごめんね」と、謝ったのだった。



念のため、あたしは1日入院することになった。



お医者さんにも家族にも、小指を切断した本当の理由は言えなかった。



そのため、あたしは精神状態に異常があるのではないかと疑われ、精神科への通院を勧められる事になってしまった。



沢山の人に心配をかけて、沢山の人に迷惑をかけて、ようやくあたしは自分の運命から解放された……はずだったんだ。



夜中、寝苦しさを感じて目を覚ました。



そこは入院中の病院で、特別変わったところはない。



しかし、体を動かそうとしても少しも動かくことができないのだ。



「誰かっ!」



薬の影響かもしれない。



しかし、怖くなってそう叫んだ時、自分の体が黒い糸でガンジガラメにくくられていることに気が付いたのだ。



それは、あの日夢に見たあたしのようで……。



「キャァ!!」



悲鳴を上げると同時に目を覚ましていた。



勢いよく飛び起きて、周囲を確認する。



ここは病室で、あたしの体は黒い糸で縛られたりなんてしていない。



「夢……」



そう呟いてホッと息を吐きだした。



やけにリアルな夢だった。



あの糸のせいで精神的な傷を負っているのかもしれない。



そう思った時だった、ノック音が聞こえてドアが開いた。



あたしの悲鳴を聞きつけた看護師さんかな?



そう、思ったのだが……。



「朱里」



その声に全身から血の気が引いた。



薄明りの中たたずんでいるその人物に心臓が止まりそうだった。



「輝明……?」



あたしは振るえる声でそう聞いた。



「そうだよ」



輝明は嬉しそうに返事をして、部屋に入って来た。



「なんで……」



糸は切ったはずだ。



なのに、どうして……!



そう思った瞬間、輝明が病室の電気を付けた。



その時、輝明の指からあたしへ向けて黒い糸が伸びているのが見えた。



ハッとして布団を跳ね除けて確認する。



あたしの足首にしっかりと黒い糸が結ばれているのが見えた。



「嘘だ……」



こんなの嘘だ。



また同じ糸が結ばれるなんて……!



「なにが嘘? なぁ、どうして小指を切断なんてしたんだよ」



輝明の優しい声が怖くて、あたしは返事もできなかった。



黒い糸で結ばれた運命は絶対に変えることができないの?



足首なんかに結ばれたら、小指と同じように切断することもできない!



「化粧もせずに、ボロボロだしさ……。でも、愛してるよ」



そう言い輝明はあたしの体を抱きしめたのだった。

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