第28話
☆☆☆
ここで輝明に告白された時、本当に嬉しかった。
夢の中にいるような感覚がしていた。
だけど、その夢も長くは続かなかったのだ。
足音が聞こえてきて振り向くと、輝明が姿を見せた。
「あれ? 朱里ちゃんだけじゃないんだ?」
佐恵子と寺島を見て瞬きをしている。
「あたしが、2人について来てもらったの」
そう言い、一歩前へ踏み出した。
心臓はバクバクと跳ねているし、緊張でメマイを起こしてしまいそうだった。
だけどここまで来たのだ。
あたしが逃げるわけにはいかない。
「もしかしてまたダブルデートの話? それなら今度こそカラオケに行こうよ」
自分が振られるなんて、夢にも思っていないのだろう。
輝明は笑顔を浮かべて話をする。
「別れよう」
あたしは、輝明の言葉を遮ってそう言った。
一瞬、周りが静まり返った。
遠くから聞こえて来る生徒たちの声も、耳に入ってこない。
「は?」
輝明の笑顔が、ゆっくりと消えて行った。
怒っているわけでも、泣いているわけでもない、冷たい無表情であたしを見つめる。
その顔に全身が冷たくなっていく。
輝明は綺麗な顔だから、無表情が余計に怖いのだ。
あたしは自然と後ずさりをしていた。
「今、なんて言った?」
低く、抑揚のない声。
「やめよろ草山」
恐ろしい雰囲気を感じ取って寺島がそう声をかける。
しかし、輝明はあたしへにじり寄る足を止めなかった。
「やめて……こないで……」
逃げ出したくても、足が震えて思うようにいかなかった。
次の瞬間、輝明の拳が強く握られるのを見た。
逃げなきゃ!
そう思って体の向きを変えた時、輝明の拳が持ちあがるのを見た。
間に合わない……!
身を縮め、ギュッと目を閉じる。
バシッ! と鈍い音が聞こえてきたと思ったら、何かが倒れる音、ぶつかる音が立て続けに聞こえて来た。
「寺島くん!」
佐恵子の焦った声を聞いて、あたしはようやく目を開けた。
同時に、走り去っていく輝明の後ろ姿を見た。
「どうしよう、どうしよう」
「佐恵子、どうしたの?」
そう言って顔を向けた瞬間、倒れて頭から血を流している寺島の姿を見た。
え……。
「なんで寺島が?」
一体、なにがあったの?
寺島は声をかけても、ゆさぶっても目を開けない。
その隣で泣きじゃくる佐恵子。
寺島が倒れた場所には、ちょうど植木を囲むようにブロックが埋められていて、そこに頭をぶつけたのがわかった。
寺島が、あたしをかばって殴られたから……?
その拍子に倒れて、頭をぶつけてしまったのだ。
佐恵子の運命の相手なのに!
「き……救急車!!」
次の瞬間、あたしはそう叫んでいたのだった……。
☆☆☆
病院内はとても静かで、そして消毒液臭かった。
運ばれて来た寺島は今緊急手術を受けている。
怪我の様子から見て命に別状はないそうだけれど、もしかしたら後遺症が残るかもしれない。
あたしは放心状態で手術室の扉を見つめていた。
さっき到着した寺島の両親も、佐恵子も、ずっと泣きじゃくっている。
なんで、こんなことになったんだろう。
あたしが赤い糸を切ったから?
こんな相手は嫌だと駄々をこねて、運命の相手を変えたから?
あたしは、黒くなった糸を見下ろした。
気が付けば涙が流れていて、リノリウムの床にポタッと落ちる。
何度も何度も切った。
そうすればもっと素敵な相手と結ばれると思った。
その結果が……これ?
輝明はすぐに逃げ出し、その後の行方がわからない。
連絡もつかない状態だ。
「こんなの……違う!!」
あたしはそう叫び、駆け出した。
後ろから佐恵子が呼びかけてきたけれど、立ち止まらなかった。
こんなんじゃない。
こんな運命の相手、望んでなんかない!
見た目が悪いとか、大人しいとか、そんな小さなことどうでもよかったんだ。
そんなことで、運命の相手は左右されない!!
「はぁ……っ!」
病院から駆け出して、近くの公園にやってきていた。
手洗い場の前に立って大きく深呼吸をした。
「こんな運命。変えてやる!!」
あたしはそう決意し、ペンケースからカッターナイフを取り出した。
黒くなった糸が切れない事はわかっている。
それなら……。
あたしはハンカチを口に入れて強く噛みしめ、左小指の付け根にカッターナイフを押し当てた。
それだけでもチクリとした痛みが走る。
きっと簡単に切り取ることはできないだろう。
骨にぶち当たったら、カッターナイフじゃ切れないかもしれない。
だけど、やるしかない!
「…………!!!」
涙で滲んだあたしの視界は、真っ赤に染まった。
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