第27話
「朱里、大丈夫?」
教室へ戻ってグッタリと突っ伏していると、佐恵子が心配そうに声をかけてきた。
「うん……」
「またなにかされた?」
「ううん。今日は平気」
そう答えても、精神的な疲れは取れなかった。
殴られないために気を使っていたから、休めなかった。
「ねぇ、今こんな状態になってるって、糸を切ったからじゃないかな?」
「え?」
「だってこれ、運命の赤い糸だよ? やっぱり、簡単に切っちゃダメだと思う」
佐恵子は自分の小指を撫でてそう言った。
それはとても大切にしているように見えた。
「だって、あたしの相手は高原だったんだよ?」
あたしはそう言ってしかめっ面をした。
「それでも、付き合ってみなきゃわからなかったんじゃないの?」
佐恵子の言葉にあたしは返事ができなかった。
希望通りの王子様と付き合っていても幸せだとは感じられない。
だから、付き合ってみないとわからない部分は確かに多いと思う。
「わかった。ちょっと高原のことを見て来る」
「え、今から?」
「うん。糸を切っちゃったから、高原にも影響が出てるかもしれないしね」
あたしはそう言い、4組へと急いだ。
4組は相変わらず騒がしかった。
しかしいつものイジメっ子4人組の姿はない。
クラスの中心にいるのは高原で、その姿は以前よりも少し痩せたように感じられた。
「高原君楽しそうじゃん」
その様子を見て佐恵子が言った。
「そうだね……」
以前のようにイジメられている様子はなく、みんなを笑わせているのがわかった。
少しはマシになっているようだけど、やっぱりあいつと付き合うなんて無理。
そう思った時だった。
「高原くん」
4組の女子が高原に声をかけ、クッキーを手渡しているのが見えた。
その時、クラス中から口笛などのヤジがとんだ。
でもそれは嫌なヤジではない。
あたしは驚いてその光景をマジマジと見つめた。
女子生徒は嫌がる素振りも見せず、照れたように赤くなっているのだ。
「あの子、高原くんの彼女なんだろうね」
佐恵子の言葉も耳に届かない。
嘘だ。
あんなデブに彼女ができるなんて、嘘だ!
しかし、2人はどう見ても付き合っていた。
とても幸せそうにほほ笑み、高原は優しく手を握りしめている。
次の瞬間あたしは駆け出していた。
あたしがあの時高原と付き合っていれば、今あそこにいるのはあたしだった?
そんな考えが過り、ブンブンと強く頭をふってかき消した。
ううん、やっぱり高原と付き合うなんてありえない。
それなのに……胸の奥の方がグジュッと溶けてなくなったような、そんな気がした。
大田くんと二村先輩の様子を見に行っても、同じような事態になっていた。
あたしと別れた後に、ちゃんと別の相手を見つけて付き合い始めているのだ。
放課後になってからも、あたしはなかなか席を立つことができなかった。
「どうしよう。もうみんな他の相手を見つけちゃってる!」
焦るあたしに佐恵子が「落ち着いて」と、声をかけた。
「今は運命の相手を見つけるよりも、草山くんと別れる方法を見つけなきゃいけないよね?」
「うん……。うん、そうだよね」
あたしは佐恵子の言葉に何度も頷いた。
終わってしまった相手とのことを考えていたって、前には進めない。
今は輝明との関係をどうするかが、1番の問題だった。
「でも、どうやって別れたらいいんだろう……」
輝明にあたしから別れを切り出すなんて、恐ろしくてできない。
輝明から振ってくれればいいけれど、この糸で結ばれている限りそれも難しそうだ。
「それなら、あたしも一緒に付いて行ってあげるよ」
佐恵子の言葉にあたしは顔を上げた。
「朱里1人だと手を上げるかもしれないけど、近くに別の人がいたらさすがに手出ししないんじゃない?」
「そっか、そうかも!」
あたしは佐恵子の考えに目を輝かせた。
佐恵子が一緒にいてくれれば、あたしも頑張って別れを切り出すことができそうだ。
「なんの話?」
その声にドキッとして振り向いたが、そこにいたのは寺島だった。
輝明に聞かれていたのではないかと思ったので、ホッと胸をなで下ろした。
同時に、男子生徒が一緒にいた方が安全かもしれないと、思いついた。
「寺島も、一緒について来てくれない?」
「え? どこへ?」
そう聞かれて、あたしは輝明にやられていることを説明した。
殴られたと言った時、寺島は本当に驚いた顔をこちらへ向けた。
「そんなことになってたのか。全然気が付かなかった」
「輝明とあたしの関係は、一応みんなにも隠してるしね」
「そっか。もちろん、俺も協力するよ」
「ありがとう寺島」
あたしはそう言いながらスマホを取り出した。
できるだけ早く別れたい。
その思いで輝明にメッセージを送った。
《朱里:今、どこにいる?》
《輝明:図書館に本を返しに来たところ。なにか用事?》
その返事を、あたしは佐恵子と寺島にも見せた。
《朱里:少し話がしたいんだけど、いい?》
《輝明:あぁ。わかった》
あたしは輝明に校舎裏を約束場所として伝えて、立ち上がったのだった。
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