第25話

「ちょっと待ってよ! それはヒドイんじゃない!?」



いくら輝明が相手でも、それは許せなかった。



1口も食べずに食べられないなんて、言われたくない!



そう思って引き止めたのに……。



次の瞬間、あたしの頬に輝明の手がぶつかっていた。



パンッと音がしてそのまま横倒しに倒れる。



衝撃が強すぎて地面に腰を打ちつけてしまった。



「え……」



唖然として輝明を見上げる。



輝明はあたしを見下ろして「嫌なんだよ。汚い物って」そう、言ったのだった。


☆☆☆


あたしのお弁当が汚い?



見た目は悪いかもしれない。



でもそれだけだ。



あたしが初めて作ったお弁当だ。



輝明のために。



輝明に、いつも通りの『美味しい』を言ってもらいたくて……。



学校から帰ったあたしは、まだ呆然とした気持ちだった。



昼間の光景が何度も繰り返し思い出されて、その度に胸の傷がえぐられた。



それに、殴られた左ほおもまだヒリヒリと痛んでいる。



「彼女を殴るなんて、輝明の頭はどうかしてる!」



あたしはそう呟き、ハサミを手にした。



せっかく繋がった糸。



相手が輝明だと分かった瞬間、天にも昇るような嬉しさを感じた。



でも、女に手を上げるような男はダメだ。



いくら顔が良くても、そんな相手は王子様とは呼べない。



あたしは、あたしを幸せにしてくれる相手を探すべきだった。



「バイバイ輝明」



あたしはそう呟いて、糸にハサミを入れたのだった……。


☆☆☆


「え?」



ハサミを手に持ったまま、あたしは部屋の中で立ち尽くしていた。



黒くなった赤い糸を切ろうとしたのに、ハサミの刃が入らないのだ。



「どうして……?」



焦り、何度が挑戦してみる。



しかし結果は同じで、糸は有刺鉄線のように固くなってしまっているのだ。



「嘘でしょ? 冗談だよね?」



焦りで背中に汗が流れて行く。



この糸は絶対に切れるはずだ。



それで、あたしをもっといい人と結び付けてくれる!



そんな糸のはずなんだ……!!



「ハサミがダメなら、別の工具を使えばいんだ!」



そう閃いて、あたしはすぐに父親の工具を探し始めた。



日曜大工を趣味にしているので、裏庭に出れば沢山の工具が置かれている。



その中からニッパーを見つけて糸に当てた。



しかし……。



「どうして切れないの!?」



糸はどんな道具を使ってみても、切れることはなかったのだ……。



自室へと駆け戻ったあたしはすぐに佐恵子に電話をかけていた。



たった数回のコール音がもどかしい。



『もしもし? どうしたの?』



そんな声が聞こえたと同時に、あたしはまくしたてるように話はじめていた。



「佐恵子! 赤い糸が切れないの!」



『え? 切れないってどういうこと? また糸を切ろうとしたの?』



「そう。今日の昼間輝明に殴られたの。そんな相手運命の人じゃないでしょ? 


だから切ろうと思ったんだけど、全然切れないの!」



『殴られたの? 大丈夫? ちょっと落ち着いて』



落ち着いてなんかいられなかった。



あたしと輝明の関係はどうしても切らなければならない。



付き合い始めてから一か月も経過していないのに殴られるなんて、論外だ。



「どうしよう。どうしたらいいと思う!?」



『わからないけど……。もう1度神社へ行ってみるのはどう?』



神社……。


あたしは古ぼけて、今にも崩れ落ちてしまいそうな神社を思い出していた。



「でも、あの神社は夢の中に出て来たものだよ。実際に行ってあるのかどうかわからない」



『そうだよね。でも、もう1度夢に見ることができれば変わるかもしれないよ?』



もう1度、夢で神社を見る。



佐恵子の言葉に一筋の光が見えた気がした。



「そっか。またあの時みたいに縁結びを願えばいいんだ!」



『うん、そうだよ。上手く行くかどうかわからないけど、やってみて?』



「わかった。ありがとう佐恵子」



そう言い、あたしは電話を切ったのだった。


☆☆☆


その夜、あたしは目覚めると暗い山の中にいた。



草木の匂いにハッと息を飲んで上体を起こし、周囲を確認する。



間違いない。



ここは神社がる、あの場所だ!



そう感じてたちあがった。



辺りにはまだチラホラと雪が残っていて、肌寒い。



暖かくなってきたためソックスを脱いで寝るようになっていたことを、後悔した。



少し歩くだけで小石が足の裏に食い込んで、痛みで涙が出そうになった。



それでも、前へ前へと進んで行く。



するとすぐに視界が開けた。



うっそうとした森が開けて、小さな拝殿が見える。



それを見た瞬間あたしは駆け出していた。



助けて!



この糸を切って!



そんな思いだったのだが……鳥居をくぐろうとした瞬間、見えないなにかにはじき返されてしまったのだ。



あたしは悲鳴をあげてその場によろけた。



「なに……?」



そっと手を伸ばしてみると、鳥居の手前に見えない壁があるのがわかった。



「なにこれ、なんで!?」



これじゃお参りができない!



焦って周囲を確認して回ってみるが、どこからも入ることができない。



「入れて! 神様にお願いしたいことがあるの!」



必死になって叫んでも、自分の声は山びこになって消えて行くだけだった。



どうしよう。



このままじゃ糸は切れないかもしれない。



そう思った時だった。



拝殿からドサッと重たい音がしてあたしは振り向いた。



そこにいたのは……真っ黒な糸で体をガンジガラメにされた、あたし、だった……。


☆☆☆


悲鳴を上げて飛び起きていた。



心臓がうるさいほどに打ち付けている。



外はまだ暗く、朝日は見えない。



あたしは部屋の電気を付けて自分の足の裏を確認した。



土がこびりつき、小石を踏んだため血が滲んできている。



「嘘だ……あんな夢、嘘だ……!」



もう1度ハサミを握りしめて、黒い糸に押し当てた。



しかし、糸はビクともしない。



「切れろ……!」



願いを込めて力いっぱいハサミを押さえつける。



あたしはグッと目を閉じて涙をこらえた。



大丈夫、こんな糸すぐに切れるから。



大丈夫、大丈夫。



そう信じていないと、恐怖で気が狂ってしまいそうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る