第24話

「ね、あたしにはどれが似合うかな?」



試に輝明へそう訊ねてみた。



すると輝明は首をひねって「朱里ちゃんならどれでも似合うんじゃないの?」と、言われてしまった。



本気でそう思っていたとしても、ちゃんと選んで欲しかったと感じて落胆してしまう。



なんだか想像していたデートと違う。



佐恵子と寺島が相手なら、絶対に見せびらかすことができると思って期待していたのに。



道を歩いているだけで視線を感じることはあるけれど、それだけじゃ物足りなさを感じた。



1人で服を見ていると、楽しそうな笑い声が聞こえて来たので顔を向けた。



そこには2人で笑いあいながら服を選ぶ佐恵子と寺島の姿があった。



あたしは輝明へと視線を向ける。



女性物の服に興味はないようで、レジ前の雑貨を見ている。



あたしはそれを確認してため息を吐き出したのだった。


☆☆☆


「今日は楽しかったね。また4人で遊びに行こうね」



陽が落ちてきて公園まで戻ってきた時、佐恵子がそう言った。



寺島もすごく満足そうな表情をしている。



「うん、そうだね」



あたしもそう言ってほほ笑んだが……本当はもう二度とこの4人でのデートはごめんだった。



輝明は終始マイペースで自分の思い通りにならないことがあると、すぐに仏頂面になった。



その度に4人の空気が悪くなり、寺島がフォローしてくれる状態だった。



カッコイイから傲慢な態度になっているのかもしれないが、輝明の王子様像は今日で見事に崩れ落ちてしまった。



「じゃあ、またね」



佐恵子と寺島が手を振って公園を出て行く。



それを見送り、あたしも歩き出した。



「家まで送って行くよ」



そう言って、あたしの手を握りしめる輝明の顔をマジマジと見つめた。



「なに?」



「ううん、なんでもない」



そう答えて2人で公園を出た。



その瞬間だった。



「しっかし笑えたよなぁ寺島の私服! あんなダサイのよく着るよな」



そう言って大声で笑い始めたのだ。



「なに言ってるの?」



あたしはすぐに振り返り、佐恵子と寺島がいないのを確認した。



そんなに大声を出したら聞こえてしまう。



「だって見ただろ? あのモサーっとした恰好!」



確かに、寺島は輝明に比べればパッとない。



でも、大笑いするほどヒドイことはなかった。



「もう、やめなよ。佐恵子の彼氏だよ?」



「なんだよ。ああいうのが好きなワケ?」



「なに言ってんの?」



あたしは寺島が好きだなんて一言も言っていない。



慌てて否定しようとした瞬間、唇を塞がれていた。



「お前はもう俺の女だ。わかったな?」



至近距離でそう言われ、少しの恐怖を感じたのだった。



輝明は思っていた王子様とは少し違うようだった。



「明日も弁当頼むな」



放課後、あたしの机の前まで来てそう言う輝明にあたしは頷く。



他の子たちからは羨ましそうな声が聞こえて来る。



でも、あたしの心はちっとも踊らなかった。



あれから毎日のように輝明のお弁当を作ってきている。



輝明は『美味しい』と言ってくれるけれど、それが本心からではないのではと思い始めていた。



毎回毎回、ニッコリと王子様スマイルをして女の子の望む言葉を投げかける。



そうしておけばいいとわかっている雰囲気なのだ。



「どうしたの朱里? なんか元気ないね?」



沈んでいるあたしに気が付いて佐恵子がそう声をかけてきた。



「ちょっとね……。やっぱり付き合ってみないと相手のことってわからないみたい」



あたしはそう言い、帰る準備を始めた。



「そりゃそうだよ。草山くんと上手く行ってないの?」



「う~ん……どうなんだろう?」



あたしは首を傾げた。



輝明はやっぱりカッコイイし、一緒にいれば優越感に浸れる。



でも、当初感じていた胸のドキドキはちょっとずつ消えて行っている気がした。



「帰るよ?」



そんな声が聞こえて顔を上げると、寺島が佐恵子を呼んだところだった。



佐恵子はたったそれだけでポッと頬を赤らめている。



「じゃあね朱里。また明日」



そう言って寺島の元へと駆けて行く。



その姿は本当に幸せそうに見えた。



「なんで……?」



あたしは鞄を持ったまま、そう呟いたのだった。


☆☆☆


一週間ほど輝明と付き合って、輝明にどうして彼女ができないのか、理解できた気がした。



あまりにも我儘なのだ。



みんなの王子様像を崩さないように、特定の彼女は作らないと言って回っているようだけど、実際は違う。



付き合っても彼女の方が疲れて別れてしまうのだ。



「ちょっと朱里! いい加減自分でお弁当作りなさい!」



その夜、あたしは母親に怒られてしまった。



「だって、お弁当なんて作ったことないよ」



「それでも自分が作るって言ったんでしょ? いつまでお母さんに作らせるつもり!?」



こうなってしまうと、もう母親を頼る事はできなかった。



ここまで長期的にお弁当を作ることになるなんて思っていなかったのだから、仕方がない。



翌日になって試に自分でお弁当を作ってみたけれど、やっぱり思うようにはいかない。



玉子焼きは焦げてしまったし、タコさんウインナーの足は一本取れてしまった。



それでも、あたしなりに一生懸命に作った。



初めてお弁当を作り上げた時は、達成感まであったほどだ。



それなのに……。



その日の昼休憩、あたしと輝明は2人で中庭に来ていた。



「はい、お弁当」



ドキドキしながら手作りのお弁当差し出す。



「ありがとう」



輝明はそれをいつも通り受け取り、蓋を開けた。



次の瞬間「なにこれ?」と、首を傾げた。



見た目がいつもよりも悪いからだろう。



お弁当初心者のあたしには色合いや配置などわからず、適当に突っ込むことしかできなかったから。



「み、見た目は悪いけど、味はいいから!」



あたしはすぐにそう言った。



味見だけはしっかりとしてきた。



「味が良くてもこの見た目じゃダメでしょ」



そう言い輝明は笑い出した。



瞬間、胸がスキンッと痛む。



「で、でもあたしは頑張って……」



「努力不足だよ。俺だって見た目だけじゃダメだから勉強もスポーツも頑張ってる」



確かに、輝明は勉強もスポーツも人並み以上にできる。



だからこそ人気も高いんだ。



それはわかっているけれど、そんな言い方ってないんじゃない?



「朱里ちゃんは可愛いけど、見た目だけじゃダメだよ」



「だから、頑張ってお弁当作ったじゃん!」



思わず、大きな声でそう言っていた。



輝明の冷めた視線を感じて背筋がゾクリと寒くなる。



ダブルデートの帰りに感じたような、ひどい威圧感がある。



「今までのお弁当は誰に作ってもらってたんだ?」



そう聞かれて、あたしは一瞬返事に詰まってしまった。



でも、ここはもう正直に話すしかなさそうだ。



「お母さんに……」



「そんなことだろうと思ったよ。朱里ちゃんは見た目意外の努力をしてない」



そう言われて、あたしは下唇を噛みしめた。



輝明の言う通りかもしれない。



「せめて、今日頑張った事は認めてほしい」



「まだまだだよ」



1つお弁当を作る大変さを、今日初めて理解した。



毎日お弁当を作っている母親の大変さを、ほんの少しだけわかった気がした。



でも、それをそんな風に言うなんて……。



「これ、食べる気がしないから購買に行ってくる」



そう言い、輝明はお弁当を置いて立ち上がったのだ。

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