第21話

「う、うん。一応ね」



本当は料理なんて全然しないけれど、そう言って無理にほほ笑んだ。



草山くんは感心したような視線をあたしへむける。



「料理のできる女の子っていいな。俺、そういう子好き」



『好き』



草山くんから発せられたその単語に目の前がクラクラしてくる。



なにボーっとしてんの、しっかりしなきゃ!



自分にそう言い聞かせて、あたしはどうにか笑顔でい続けた。



「そ、そんなんだ。じゃあ……あたしお弁当作ってこようか?」



言葉に詰まり、声を裏返しながら言う。



そうすると草山くんは嬉しそうにほほ笑んだのだ。



みんなから王子スマイルと呼ばれていて、その笑顔を見て恋をしない女子生徒はいないとまで言われている。



そんなものを目の前で見せられたので、あたしの心臓は今にも止まってしまいそうだ。



「本当に? うわ~、すっげぇ嬉しい!」



そう言ってまるで女の子のように可愛く笑う。



あたしはカチカチに固まりながらも、佐恵子へ視線を向けた。



佐恵子も顔を真っ赤にして草山くんを見ている。



草山くんに興味のない子でも、こんな反応になってしまうのだ。



「楽しみにしてるからね」



草山くんはあたしへ向けてそう言うと、ご機嫌な様子で教室を出て行ったのだった。



草山くんが教室を出た瞬間、あたしは声にならない黄色い悲鳴を上げた。



それは佐恵子も同じだった。



お互いに顔を真っ赤にしていたと思う。



「なになに? あれってどういうこと?」



そう聞いて来たのは他のクラスメートの女子だった。



その子の顔も真っ赤になっている。



あたしはブンブンと左右に首を振った。



どういうことと言われても、説明なんてできない。



「いきなり、王子に話しかけられたの?」



「そ、そうこと……」



赤い糸が関係していることは確実だとしても、さすがにビックリした。



「うっそ……それって奇跡じゃん! あの王子だよ!? 誰とも付き合わない王子が、自分から女子に話かけるなんて……!」



「そ、そこまで大げさかなぁ?」



あたしはそう言って苦笑いを浮かべた。



なんだかすごく特別なことのように感じられて、だんだんと嬉しさが湧き上がって来る。



それと同時に冷静になってくる自分がいて、お弁当に視線を落とした。



明日は母親に2つお弁当を作ってもらわないといけなくなりそうだ。


☆☆☆


その日の放課後、あたしは2年4組の前を通り過ぎた。



教室内ではまた高原がイジメられている様子だった。



階段を下っていると1年生の大田くんとすれ違った。



参考書を手に、友人と難しそうな会話をしていた。



グラウンドを横切ると、二村先輩がサッカーの練習をしていた。



相変わらず人気があって、いつもの女子生徒たちの姿があった。



でも、そのどれもが灰色にくすんで見えた。



どれもこれも、興味がない。



今はもう、あたしには釣り会わない男子たちばばかりだ。



校門を抜けて家への道を歩いていると、前方から葉子先輩が歩いてくるのが見えた。



自然と歩調が緩くなって、お互いに立ち止まる。



「こんにちは」



あたしは自分からそう声をかけた。



「こんにちは。今からカオルとデートなの」



そう言って長い髪の毛が風になびく。



一瞬だけ、自分の胸が痛んだ気がした。



でも、これもどうせ勘違いだ。



だってあたしの相手はただ1人、学校1のイケメンなんだから。



「仲直りしたんですか?」



「おかげさまで。あなたに変な事を言ってごめんね」



「いいえ」



あたしはそう言ってほほ笑んだ。



余裕のほほ笑みに、葉子先輩がたじろくのがわかった。



少しはあたしのことをライバル視してくれていたようだ。



一時でも、有名な葉子先輩のライバルになれたことは光栄だった。



「じゃ、さようなら。葉子先輩」



あたしはそう言い、歩き出したのだった。


☆☆☆



翌日、あたしは鼻歌を歌いながら学校へ向かっていた。



あたしの赤い糸は真っ直ぐ学校へ向かって伸びているから、草山くんはもう登校しているのだろう。



2人分のお弁当が入った鞄はいつもよりも重たいけれど、これを我慢すれば草山くんと付き合う事ができるのだ。



そう思うと、これくらいの重さどうってことはなかった。



「おはよう朱里」



「おはよう佐恵子」



いつも通り挨拶をしているだけなのに、あたしの心は浮かれていた。



早く昼休憩が来てほしい。


「今日はお弁当を用意してきたの?」



「もちろんだよ」



「すごいね朱里。本当に料理できるんだ」



驚いてそう聞いてくる佐恵子に、あたしは思わず吹き出してしまった。



「なにがおかしいの?」



キョトンとした表情でそう聞いてくる佐恵子に「なんでもない」と、返事をする。



佐恵子は本当に真面目な性格をしている。



自分で作っていなくたって、作ったと言えばいいだけなのに。



そう思いながら教室へ到着すると、案の定草山くんはすでに登校して来ていた。



窓際の席で友達とおしゃべりをしている。



ただそれだけの光景なのに、顔がいいと様になって見える。



「あ、おはよう朱里ちゃん」



草山くんがあたしに気が付いてそう声をかけて来た。



あたしは一瞬にして緊張してしまう。



「お、おはよう……」



少し震える声でそう答えた。



未だに草山くんは自分の運命の人だなんて信じられなくて、何度も赤い糸を確認してしまう。



「なに? 俺の指になにかついてる?」



「な、なんでもないよ」



あたしは慌ててそう言った。



ちょっとジロジロと見過ぎてしまったようで、すぐに視線を移動させた。



と言っても、こんな至近距離で真っ直ぐに草山くんの目を見ることはできない。



「今日、お弁当作ってきてくれた?」



その質問にあたしは大きく頷いた。



「マジで!? すっげぇ嬉しい! マジで楽しみなんだけど!」



そう言って飛び跳ねて喜ぶ姿が、少年のようで愛らしい。



胸のあたりがキュンッとするのがわかった。



「そんなに、自信はないんだけどね」



「そんなことないよ。朱里ちゃんが作ってくれるだけで十分に美味しいから」



草山くんの言葉にあたしは自分の顔が真っ赤になるのがわかった。



そんなことを言ってもらえるなんて、思ってもいなかった。



草山くんは、もうあたしのことを好きになってるんだろうか?



聞いてみたいけれど、怖い気がする。



「じゃ、またお昼にね」



そう言われて、あたしは頷いたのだった。

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