第20話
佐恵子の言葉は嘘ではなさそうだ。
あたしは大きく息を吐きだした。
あの神社は運命の相手を強く願った人間にだけ、たどり着ける場所なのかもしれない。
「それで? 佐恵子の運命の相手は誰?」
身を乗り出し、好奇心からそう聞いた。
すると佐恵子は自分の小指から視線をずっと先へと伸ばした。
教室の外へ続ているんだろうか?
そう思ったが、佐恵子の視線は1人の男子生徒の背中で止まった。
「え、もしかして寺島?」
寺島正樹(テラシマ マサキ)。
2年1組の生徒だけれど、あまりパッとしない。
大人しい性格で、見た目も平均的だ。
佐恵子は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
佐恵子の相手は寺島か……。
悪くはないかもしれないけれど、もっといい人がいそうだ。
「佐恵子は寺島のことどう思うの?」
「どうって言われても……あまり話もしたことがないし、わからないよ」
うつむいてそう答える佐恵子。
それもそうか。
「それなら一応話かけてみたら? もし嫌ならあたしと同じように糸を切ればいいんだから」
そう言うと、佐恵子は顔を上げた。
「クラスメートだもんね。ちょっと挨拶するとか、それくらいなら嫌がられないよね?」
「嫌がられるわけないでしょ? 赤い糸の相手なんだから」
あたしはそう言って笑った。
あたしは今まで、赤い糸の相手に声をかけて嫌がられたことなんて1度もなかった。
きっと、佐恵子だって大丈夫だ。
「あたしは朱里みたいに可愛くないし……」
「何言ってんの」
そんなことを言っていたら誰とも仲良くなれないままだ。
みすみす運命の出会いを捨てるなんて、勿体なさすぎる。
「頑張って見なよ、きっと大丈夫だから」
そう言って佐恵子の背中を押すと、佐恵子は何かを決心したように大きく息を吸い込んだ。
「わかった。ちょっと……挨拶だけ、寺島君にしてくるね」
佐恵子はそう言い、席を立ったのだった。
さてと、あたしは自分の次の相手を探そうかな。
佐恵子の頑張りを確認して、あたしは動き出した。
今や真っ黒になってしまった赤い糸だけれど、きっと素敵な相手と繋がっているはずだった。
カオルとがいいけれど、どうかな……。
そう考えながら糸を辿っていると、すぐに相手にぶち当たった。
あまりにも間近にいた相手にぶつかってしまいそうになり、慌てて立ち止まった。
「あ、おはよう朱里ちゃん」
そう言って笑顔を見せたのは……。
草山くんだ!!
あたしは驚いて目の前の草山くんをマジマジと見つめてしまった。
学校1の美青年と言われ、全学年の女子からの憧れの的。
そんな草山くんとあたしの小指はきつくきつく、結ばれている。
「嘘でしょ……」
驚きすぎて、思わず声に出してそう言っていた。
「嘘って、なにが?」
草山くんが小首をかしげてそう聞いてくる。
その仕草だけで鼻血を吹いて倒れてしまいそうだ。
カオルと結ばれればいいと思っていたけれど、今目の前にカオル以上の男の子が立っている。
それだけでメマイを起こしてしまいそうだ。
「ボーっとしてどうした? 大丈夫?」
草山くんはそう言い、あたしの額に手を当てた。
ふわりと柔らかな手の感触。
その瞬間、あたしは思わず飛びのいてしまっていた。
心臓が今までになく、割れんばかりに打ち付けている。
緊張で全身から汗が噴き出して、呼吸が荒くなって来た。
ダメだ。
このままじゃ気持ち悪い子だと思われてしまうかもしれない。
あたしは大きく深呼吸をして笑顔を浮かべた。
その笑顔も、うまく作れているかどうかわからない。
「だ、大丈夫だよ。ちょっと、ビックリしちゃって!」
『ちょっとビックリ』なんてものじゃなかったけれど、あたしはそう言って笑い声をあげた。
イケメンは大好きだけれど、ここまでカッコいい人を前にしたらさすがに冷静ではいられなかった。
あたしはギクシャクとした動きで自分の席へと戻り、同時に大きく息を吐きだした。
呼吸を忘れるほどに緊張してしまうとは思っていなかった。
軽く草山くんへ視線を向けると、もう男友達との会話に戻っている。
けれど、その小指にはしっかりと糸が結ばれていたのだった。
ホームルームが始まる前に佐恵子は席へと戻ってきていた。
その頬はまだ赤く、緊張しているのが伝わって来た。
それは、あたしも同じ状態だった。
未だに心臓がバクバク言ってうるさいままだ。
「どうだった?」
そう聞くと、佐恵子は嬉しそうにほほ笑んだ。
「ちょっと話をしてみたけど、寺島くんいい人そう」
「そっか、よかったね」
『いい人そう』というのは寺島の見たままの感想と全く同じだった。
あたしならつまらないと感じてしまうけれど、佐恵子は十分に幸せそうにしている。
それならそれでいいのかもしれない。
問題は自分の方だった。
あたしの運命の相手は、ついに学校1のイケメンになった。
その事実にゴクリと唾を飲み込む。
これは絶対に手に入れなければならない運命だ。
失敗はできない。
今まで簡単に付き合う事ができていたけれど、油断してはならなかった。
「お互いに頑張ろうね」
あたしは佐恵子へ向けてそう言ったのだった。
☆☆☆
昼休憩に入った頃、それは突然に訪れた。
いつものようにお弁当を広げて食べようとしていたところに、草山くんが話しかけて来たのだ。
「いつも思ってたんだけど、朱里ちゃんのお弁当っておいしそうだよね」
後ろから声をかけられたでの、最初はそれが誰の声なのかわからなかった。
だから振り向いた瞬間、絶句した。
「作ってもらってるの?」
そう聞いてくる草山くんに、どうにかあたしは口を開くことができた。
「う、うん」
自分をアピールしたいなら、嘘でも手作りしていると言うべきだった。
でも、そんなことを考える余裕なんてなかった。
「へぇ。それじゃ朱里ちゃんも料理できるの?」
そこまで質問されて、ようやく今の状況を把握できた。
草山くんがあたしに話かけてくれているのだ。
これほどのチャンスは二度とこないかもしれない。
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