第18話

☆☆☆


もし、本当にカオルがあたしのことを気にしていたら?



葉子先輩と別れて戻ってきてくれる可能性があるかもしれない!



そう思うと、心臓がドクンッと大きく跳ねた。



カオルと付き合っていた頃の、楽しかった思い出がよみがえって来る。



もう1度カオルと付き合えるかもしれない。



でも……。



あたしは自分の左小指を見た。



この赤い糸は二村先輩と結ばれている。



これが結ばれている限り、きっとカオルと付き合うことはできないだろう。



あたしは考えながらグルグルと部屋の中を歩き回った。



二村先輩は優しい。



人気者だし、一緒にいて楽しい。



でも、その優しさはあたしだけに向けられているものじゃない。



他の子たちにも同様に優しいから、あたしは嫌味を言われてしまうのだ。



「二村先輩とこのまま付き合ってて、あたしは幸せなの?」



あたしは自分自身にそう問いかけた。



嘘をついてデートを断ってしまうのに、本当に幸せだと言える?



答えはノーだった。



誰がどう考えてもそうだ。



二村先輩と一緒にいるかぎり、またいつ嫌味を言われるかわからない。



それ以上の危険な目にあう可能性だってある。



そう思った時、あたしはすでにハサミを手に取っていた。



これで最後。



カオルと再び結ばれればそれでいいんだから。



そう思い、あたしは赤い糸を切ったのだった……。



日曜日の朝、目が覚めると左小指に糸が結ばれていた。



それは運命の赤い糸。



けれど、その糸はもう赤とは呼べず、真っ黒なものに変化していた。



少しの気味の悪さを感じながらも、これでカオルと結ばれることができたかもしれないのだという、嬉しさの方が勝っていた。



早く糸の相手を探しに行きたい。



だけど今日は日曜日で学校は休みだった。



いっそカオルの家まで行って確認してみようか。



そんなことを考えていると、ナイトテーブルに置いてあったスマホが光っているのが見えた。



確認してみると、二村先輩からの別れようというメッセージだった。



伝えたい内容だけが書かれた簡素なメッセージだったけれど、あたしはなにも感じなかった。



本物の王子様と結ばれるためには、別れてくれない方が困るからだ。



《朱里:わかりました》



あたしは、ただそれだけの返事をしたのだった。


☆☆☆


この日はなんの予定も入っていなかったので、あたしは佐恵子と会うことにした。



2人でショッピングをしたりしてブラブラと歩くのは久しぶりのことだった。



「熱はもう大丈夫なの?」



ファミレスで休憩をしている時、佐恵子が思い出したようにそう聞いて来た。



あたしは一瞬なんのことかわからなかったが、昨日の嘘だと思い出した。



「もう平気だよ。すぐに治ったから」



「そっか。それなら良かった。二村先輩が心配してたよ」



佐恵子にそう言われたので、あたしは自分のスマホを取り出して見せた。



「それがさ、二村先輩とは別れたよ」



「え!?」



佐恵子が驚いて大きな声を出し、あたしのスマホをマジマジと見つめた。



画面には今朝のやりとりが表示されている。



「なんで? 2人とも仲が良かったのに!」



「運命の相手じゃなかったんだよね」



あたしはそう言い、パンケーキを口に運んだ。



生クリームが甘くておいしい。



「運命の相手じゃなかったなんて、そんなのすぐにわかることじゃないでしょ?」



「わかるよ?」



そう言うと、佐恵子は目をパチクリさせている。



「もしかしてそれって、最近の朱里の行動に関係あったりする?」



そう聞かれて、あたしは頷いた。



佐恵子にならもうそろそろ話してもいいかもしれない。



信用してくれるかどうかは別だけど、神社について聞かせてくれたのは佐恵子だった。



「ここに、運命の糸が見えるの」



あたしは自分の小指を見せてそう言った。



少しの沈黙の後、佐恵子が笑い始める。



「それ、前も言ってなかった? 冗談だと思ってたんだけど」



「本当のことだよ」



真剣な表情でそう言うと、佐恵子は徐々に笑みを消して行った。



「え……? 本当に糸があるの?」



そう言ってあたしの小指に触れる。



佐恵子の指は糸をすり抜けてしまっている。



「あるよ。あたしだけに見える赤い糸が」



佐恵子はハーっと大きく息を吐きだした。



「もしかして、あたしが教えた神社に行ったの?」



「行った……んだと思う。たぶん」



「なにそれ、覚えてないの?」



佐恵子は首をかしげてそう聞いて来た。



「ううん。覚えてるけど、行ったのは夢の中でだから」



そう言い、紅茶をひと口飲んだ。



「夢の中?」



「うん。カオルと別れた日、泣き疲れて寝ちゃったの。その夢の中で神社を見た」



あたしの言葉を真剣に聞きながらも、佐恵子はスプーンでプリンをつついている。



信じたいけど信じられない様子だ。



「その次の日に、赤い糸が結ばれてたの」



そう言うと、佐恵子はあたしの小指に視線を移動させた。



けれどやっぱりなにも見えないみたいだ。



「で、その糸は結局誰と繋がってたの?」



そう聞かれてあたしは高原の顔を思い出し、しかめっ面をした。



「高原とだった」



眉間にシワを寄せたままあたしは言った。



佐恵子は驚いたように口をポカンと開けて閉まっている。



「でもあり得ないでしょ高原が相手なんてさ」



「あり得なくても、運命の相手だったんだよね?」



「違うよ。ためしに糸を切ってみたら、次の日には別の人と繋がってたもん。だからきっと高原は間違いだったんだよ」



「間違いって……本当にそうなのかな?」



どこか不安そうな表情で佐恵子は言う。



「そうだよ。じゃないと次の相手と繋がったりしないでしょ」

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