第17話

この前から感じている胸のモヤモヤの正体はまさにそれだった。



「そっか、だから二村先輩は人気なんだね」



「そうなんだよね……」



優しいのはいいことだから、やめてほしいとも言えないでいた。



でも、他の子たちが勘違いをしてしまう場合もあるし、やっぱり心配だ。



「彼女の朱里からしたら心配だよね」



あたしの気持ちを察したように、佐恵子が言う。



あたしは何度も頷いた。



「二村先輩にそれとなく言ってみたら? きっと、朱里が嫉妬してて可愛いって思ってくれるんじゃないかな?」



「そうかな?」



「きっとそうだよ。頑張ってみなよ」



佐恵子に背中を押され、あたしは頷いたのだった。



金曜日は、サッカー部を見学に来る女子生徒の人数が多かった。



明日休みだからゆっくりと見れるからだろう。



そんな中、あたしはいつものベンチに座ってグラウンドを見つめた。



沢山の声援を受けながら二村先輩がボールを追いかけている。



敵チームのゴール付近まで一気に走り、ゴールへボールを打ち込む二村先輩。



その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声がグラウンドを包み込んでいた。



あたしも一緒になって拍手を送る。



二村先輩はこちらの方を向いて大きく手を振り、数人の女子生徒たちが黄色い歓声を上げた。



その様子に少しだけムッとしてしまった。



彼女はあたしなのに、と……。



「この前弘明に貰ったんだぁ」



そんな声が聞こえてきて、あたしは振り向いた。



そこには2人の女子生徒が建ち話をしていて、1人の手にはピンク色のハンカチが握られている。



弘明って、二村先輩のことだよね……?



そう思い、視線をグラウンドへと戻しても耳だけは2人の会話を聞いていた。



「そうなんだ! この前のクッキーのお礼?」



「うん。ラブレターの返事はもらえないって聞いたから、別の物にしたんだぁ」



「なるほど。その手があったかぁ!」



「弘明って彼女以外の子にも同じように優しいじゃん? だから絶対に脈ありだと思うんだよねぇ」



その言葉に思わずふり返っていた。



同時に、会話をしていた2人組を視線がぶつかる。



「もしかしたら、付き合ってるって勘違いしてたりして?」



そう言われて、カッと頬が熱くなるのを感じた。



すぐにグラウンドへと視線を戻す。



けれど、あたしの心臓はドクドクと嫌な音を立てている。



「あはは! そんなこと言ったら可愛そうじゃん」



そんな声と笑い声が、遠ざかって行くのを聞いていたのだった。


☆☆☆


なんであたしがあんな嫌味を言われなきゃいけないんだろう。



2人がいなくなった後も、あたしの気分は悪いままだった。



いろんな女の子に愛想を振り前いている二村先輩を見ると、胸の奥がムカムカした気持ちになった。



サッカーの練習はあと1時間くらいあるけれど、あたしはベンチから立ち上がり校門へ向けて大股に歩き出したのだった。


☆☆☆


翌日。



デートの日だと思って早起きをしたけれど、あたしはクローゼットの前でボーっと突っ立っていた。



いつもなら何を着て行こうか悩むのだけれど、今日は悩む気にもなれない。



なんでもいい。



どうでもいい。



そんな気持ちになっていた。



今のあたしは外へ出ることも億劫に感じられていた。



今二村先輩の顔を見ると、なにかひどい事を言ってしまいそうな気がする。



そう思い、あたしはパジャマ姿のままベッドに寝転んだ。



さっき二村先輩からのメッセージが届いたけれど、また返事はしていなかった。



《二村先輩:おはよう! 今日は約束通りで大丈夫?》



《朱里:ごめんなさい。今日は熱っぽいのでデートに行けそうにないです》



そんな、嘘のメッセージを送ると二村先輩はすぐに返事をくれた。



《二村先輩:そっか。大丈夫? お大事に!》



やっぱり、先輩は突然のデートのキャンセルでも怒らない人だ。



あたしが風邪だということを疑いもしない。



これで疑えと言う方が難しいのはわかっている。



でも、もう少し考えて返事をしてほしかった。



あたしはスマホをテーブルへ置いて、再びベッドに寝転んだ。



二村先輩となら大丈夫だと思ったのに……。



あたしは自分の左小指の糸をジッと見つめたのだった。


☆☆☆


夕方になり、課題をしていたあたしは大きく伸びをした。



二村先輩とのデートをすっぽかしてしまったという罪悪感が、ほんの少しだけ胸の中に残っている。



あれから二村先輩からのメッセージは来ていない。



1日空いてしまった二村先輩はサッカー部の試合に行っただろうか?



そんな事を考えていると、佐恵子からメッセージが届いた。



《佐恵子:二村先輩から聞いたんだけど、風邪ひいたの? 大丈夫?》



そんな文面にあたしは眉根を寄せた。



佐恵子と二村先輩は番号交換などしていないハズだ。



どこかで会ったのかもしれない。



《朱里:大丈夫だよ。二村先輩に会ったの?》



《佐恵子:うん。学校の近くで偶然会ったよ》

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学校の近くということは、やっぱり部活に出ていたのだろう。



《佐恵子:言いにくいんだけど、カオル君と一緒にいたよ》



カオルと!?



あたしは佐恵子からのメッセージに目を奪われて、固まってしまった。



どうして?



カオルと二村先輩は元々知り合いだったの?



それとも……。



一瞬、葉子先輩に言われた事を思い出した。



カオルはまだあたしのことを気にしているって……。



まさか、それでカオルが二村先輩に近づいたとかじゃないよね?



グルグルと、いろんな憶測が頭の中を駆け巡る。



《朱里:カオルは何か言ってた?》



《佐恵子:ううん、なにも》



そっか……。



あたしは落ち着かない気持ちで教科書を閉じたのだった。

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