第16話

「ま、まぁ、色々あるよね」



黙り込んでしまったあたしに、フォローするように佐恵子が慌てて言う。



「うん」



あたしは小さく頷いて、お弁当を再開させたのだった。



この日の二村先輩も人気者だった。



あたしは邪魔にならない場所でサッカー部の連中を見学しているのだけれど、今日も多産の女子生徒たちが見に来ている。



時折二村先輩の名前を呼ぶ生徒の姿もあった。



その姿を見ていると、胸の辺りがモヤモヤしてくるのだ。



「ねぇ、あなた。二村君の彼女なんでしょ?」



ベンチに座って試合を見ている最中に見知らぬ生徒からそう声をかけられて、あたしは顔を向けた。



そこに立っていたのは葉子先輩で、思わず立ち上がってしまった。



「え、えっと……」



「そんなに緊張しないでよ。一緒に座ってみよう?」



葉子先輩にそう言われて、あたしは再びベンチに座ることになってしまった。



正直、葉子先輩とは一緒にいたくない。



けれど二村先輩のことで声をかけられたので、帰るわけにもいかなかった。



「可愛いね。2年生なんでしょ?」



葉子先輩は試合から視線を離さずにそう聞いて来た。



あたしも、視線をグラウンドへと向ける。



「はい……」



「あたし今ね、2年生のカオル君って子と付き合ってるの」



葉子先輩の言葉に、胸がズキンッと痛んだ。



知ってる。



そのせいであたしは別れたんだ。



「でも最近、カオル君は元カノの事が気になるみたい」



「えっ?」



思わず、葉子先輩へと視線を向けた。



葉子先輩の横顔は、とても綺麗だ。



いくらメークの勉強をしたって、あたしなんかが太刀打ちできる相手じゃない。



「カオル君の元カノって、あなただよね?」



そう言って、葉子先輩はあたしを見た。



視線を逸らせてしまいそうになり、グッと我慢をした。



あたしは悪い事なんてしていない。



カオルを奪ったのは葉子先輩の方だ。



「そうです。でもあたしは、カオルに振られたんです」



葉子先輩の顔を真っ直ぐに見てそう言うと、葉子先輩の瞳が微かに揺れた。



動揺しているのだろう。



「……変なこと言ってごめんね」



葉子先輩はそう言うと、ベンチから立ち上がって帰って行ってしまったのだった。


☆☆☆


「どうした? 元気ないな」



練習が終わり、帰っている途中に二村先輩がそう聞いて来た。



「そ、そんなことないですよ」



あたしは慌ててそう言い、笑顔を浮かべた。



さっき葉子先輩に言われた言葉が頭から離れない。



カオルがあたしのことを気にしている?



本当だろうか。



でも、あたしは振られたんだ。



今さらカオルがあたしを気にする必要がない。



「なにかあったなら、ちゃんと聞くよ?」



二村先輩は本当に心配そうな顔をしている。



「あ、そういえば二村先輩、前に女の子からなにか貰ってましたよね? あれ、なんだったのかなぁって気になって」



咄嗟にそう言っていた。



何日も前に教室の窓から見た光景を思い出していた。



結局あれはなんだったのか、まだ聞いていなかった。



「女の子からは色々もらうけど、どれのこと?」



ニコニコと笑顔を絶やさずにそう言う二村先輩。



「え?」



「なに? どうかした?」



今度はキョトンとした表情になっている。



「い、いえ。二村先輩人気ですもんね。もらいものくらい、沢山ありますよね」



「まぁね。ラブレターとかはいちいち読まないけどね」



「そうなんですか?」



「あぁ。だって、読んだら返事を書かなきゃいけなかったりして大変だろ?」



「それは……そうですよね」



頷きながらも、胸のモヤモヤは溜まって行く。



彼女ができる前ならそれでもいいかもしれない。



でも、あたしがいるのになんでもかんでも受け取って欲しくなかった。



「ああして応援してくれるのはありがたいからね」



二村先輩の言いたいことはわかる。



でも、受け取ったり応援に答えたりしているから女の子たちが来るんだ。



「二村先輩。あたし、1度二村先輩のファンの子に呼び出しされそうになったんですよ?」



たまらずにそう言った。



二村先輩が他の子に優しくすればするほど、あたしの立場は悪くなっていく。



それを理解してほしかった。



「ああいうのは困るよな。でも、それがキッカケで俺たち付き合えたんだし、良かったんじゃない?」



その言葉にあたしは唖然としてしまった。



二村先輩は本気でそう思っているようで、なんだか上機嫌だ。



あの子たちがいたのはただの偶然で、あたしは元々二村先輩に声をかけるつもりだった。



それなのに……。



「あ、家ついたよ」



そう言われてあたしは考えを止めた。



ここで二村先輩を責めても仕方のないことだった。



嫌われて赤い糸の相手でなくなってしまうよりも、少し我慢した方がマシだった。



「じゃあ、また明日」



二村先輩はそう言い、いつも通りキスをしてくれたのだった。


☆☆☆


金曜日の学校はどこか浮き足立った雰囲気が漂っている。



明日明後日の2連休をどう過ごそうか、みんなソワソワしているのが伝わって来た。



「明日はデート?」



休憩時間中、佐恵子にそう聞かれてあたしは頷いた。



土日もサッカー部の試合があったりするけれど、二村先輩はあたしを優先させてくれることが多かった。



「いいなぁ。二村先輩ってすごく優しいって評判だよね」



「そうだね。優しいよ」



そう言いながらもため息を吐き出し、頬杖をついた。



「どうしたの? デートなのに暗い顔して」



「二村先輩はね、誰にでも優しいんだよね」



「誰にでもって、他の女の子にもってこと?」



「うん……」

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