第12話

☆☆☆


家に戻ったあたしは鼻歌まじりにハサミを手に取った。



これを切れば、今度はもっと素敵な人と繋がることができるかもしれない。



そんな、根拠のない期待が膨らんでいた。



もし次の人に繋がらなかったとしても、自力でいい人を見つければいい。



だって、あたしは1年生の間で可愛いと噂になっているんだから、自信を持ってもいいと感じられた。



「ま、なんとかなるでしょ」



そしてあたしは、糸を切ったのだった。


☆☆☆


翌日、いつもよりも早い時間に目が覚めた。



ベッドの上でしばらく呼吸を繰り返し、そっと右手を眼前まで持ち上げた。



「やった……!」



小指に結ばれている糸を見て、思わずガッツポーズをする。



まだボーっとする寝起きの頭のままベッドを下りて、電気を付けた。



昨日切った糸が、また結ばれている。



あたしはゴクリと唾を飲み込んだ。



やっぱり、これはあたしが思った通りの糸なんだ。



切れば切るほど、自分好みの相手に近づく事ができる最高の糸!!



よく見ると、昨日までの糸よりもまた黒くなっているように見える。



けれど、そんなこと今はもうどうでもよかった。



これであたしと大田君の糸は切れて、また違う誰かと繋がることができたのだ。



きっと、高原より、大田君より、もっともっと素敵な人と繋がったに違いない!



そう思うといてもたってもいられなくて、あたしはすぐに制服に着替えたのだった。



いつもより30分も早く家を出たあたしは、赤い糸を辿って歩いていた。



また同じ学校の生徒か、それとも別の人か……。



それすらわからないから、心臓はドキドキしっぱなしだ。



赤い糸を辿って歩いていると、見覚えのある建物が視界に入った。



学校だ。



「やっぱり、この学校の生徒なんだ……」



糸は学校の中へと続いている。



「あ、生徒じゃなくてもしかして先生とか?」



ハッとしてそう呟いた。



先生たちの顔を思い出して行くけれど、あたし好みの人は1人もいない。



そもそも、この学校には若い先生がほとんどいない状態だった。



年配の先生と繋がっていたらどうしよう?



そんな不安がよぎったが、その時はまた糸を切ってしまえばいいのだ。



生徒と先生という禁断の恋愛をする必要なんてどこにもない。



そう思い直してあたしは足早に校舎へと向かったのだった。


☆☆☆


赤い糸を辿って行くと、今度は3年生の教室がある階へとやってきていた。



さすがに、先輩たちの中に入って行く勇気はない。



2年生のあたしがこの階にいるというだけでかなり目立って、さっきから先輩たちの視線を感じる。



下手に動いて目を付けられても困るので、あたしは一旦自分の教室へと戻ることにしたのだった。


☆☆☆


「今日は早いんだね」



いつも下駄箱で声をかけてくる佐恵子が、教室へ入ってくるなりそう言って来た。



「ちょっと用事があったんだよね」



あたしは適当に返事をして欠伸をかみ殺す。



今朝早く目を覚ましてしまったので、もう眠たい。



「用事?」



「うん。でも、もう終わった」



「そっか。ねぇ、昨日は結局大田君に会わなかったの?」



「うん、会わなかったよ」



「それって、昨日あたしが変なこと言ったせいなのかな? だとしたらごめんね?」



佐恵子がもうし分けなさそうにそう言うので、あたしは「気にしてないよ」と、すぐに言った。



むしろ、気が付かせてくれて嬉しいくらいだ。



好きという気持ちになるまでの時間が長いと、大田君と一緒にいる時間が苦痛になってくる。



そうなってから糸を切るのは、少し心苦しかったと思う。



昨日のタイミングで切れてよかったのだ。



それよりも、今は次の相手のことだった。



せっかく早起きをして学校へ来たのに確認することができなかった。



また昼休みにでも確認に行ってみないといけない。



「今度は黙り込んで、どうしたの? 最近の朱里ちょっと変だよ?」



「恋する乙女は忙しいの」



あたしは佐恵子へ向けてそう言い、ほほ笑んだのだった。


☆☆☆


3人目の相手は3年2組の二村弘明(ニムラ ヒロアキ)先輩だった。



予定通り昼休みを使って赤い糸の先を探していると、グラウンドにたどり着いた。



そこでサッカーをしている二村先輩を見つけたのだ。



グラウンドでボールを追いかける二村先輩の左小指には、少し黒くなって来た糸がしっかりと結ばれている。



それを見た瞬間、あたしは心の中でガッツポーズを作った。



二村先輩はサッカー部のエースで、人気が高い。



あたしも、密かに憧れている相手だったのだ。



カオルや草山君みたいな王子様系とは違うけれど、カッコいい。



今も二村先輩目当ての女子たちがグランドの端に集まってきていた。



二村先輩が相手なら、あたしもすぐに好きになれそうだ。



そう思った時だった。



1人の生徒が蹴ったボールがこちらへ向けて飛んできた。



見ていた女子生徒たちが悲鳴を上げる。



「危ない!!」



全く動くことができずにいたあたしは、次の瞬間二村先輩に抱きかかえられるようにして守られていた。



「大丈夫ですか!?」



一瞬時間が開いてから、ボールを蹴った生徒が駆け寄って来きた。



「だ、大丈夫です。だから、えっと……」



未だにあたしを抱きしめている二村先輩に、あたふたしてしまう。



「あ、ごめん」



そう言って慌ててあたしから身を離す二村先輩に、ホッと胸をなで下ろした。



「お前、もっと気を付けろよ」



「ごめん。ほんっとうに悪かった!」



二村先輩に怒られて、ボールを蹴った生徒は深々と頭を下げて来た。



「二村先輩、ありがとうございます」

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