第10話

そんなことを思いながらドアの前に立った。



見知らぬ後輩の顔ばかりが並び、あたしたちを見て不思議そうな顔をしている。



「朱里、この教室になにか用事でもあるの?」



なんの事情も知らない佐恵子が、居心地悪そうにそう聞いてくる。



「ちょっとね」



短く返事をして糸の先を探す。



そして……見つけた。



教室の後方で友人たちと話をしている男子生徒。



入学式の時に入学性代表で挨拶をしていた生徒だ。



きっと成績がいいのだろう。



顔は高原に比べればずっといい。



スタイルも悪くないし、身長も低くない。



でも……パッとしない。



そんな子だ。



不意に、その子がこちらへ視線を向けた。



あたしと視線がぶつかり、戸惑ったような表情になる。



しかし、その頬はほんのりと赤らんでいる。



「誰を見てるの?」



佐恵子にそう聞かれて、あたしは教室の後ろ側のドアへと近づいた。



「あの子」



そう言ってさっきの男子生徒を指さす。



「あぁ、確か……大田君だっけ?」



佐恵子がそう言ったので、あたしも彼の名前を思い出した。



そうだ、大田達治(オオタ タツジ)だ。



そこまで思い出すと、大田君がステージに立っていた姿も鮮明に思い出されてくる。



人前で気恥ずかしそうにしながらも、しっかりと新入生代表の役目を果たしていた。



「あの……僕になにか用事ですか?」



あまりにあたしが見ていたからだろう、大田君が近づいてきてそう声をかけてくれた。



改めて近くで見ると、なかなかカッコいいかもしれない。



カオルには負けるけれど、悪くない。



そんな大田君とあたしの小指は赤い糸で結ばれていた。



「はじめまして。2年の天宮です」



そう自己紹介してみると、大田君は頬を赤らめてお辞儀をした。



「知ってます。その……可愛いって、噂で……」



しどろもどろになりながらそう言う大田君。



1年生の相田でそんな噂になっているなんて知らなかった。



努力してきた甲斐があったようだ。



浮かれてしまいそうになりながらも、あたしはしっかりと大田君を観察した。



この人が本当に運命の相手なのかどうか、しっかいと見極めないといけない。



「あの、天宮先輩が、僕になにか用事ですか?」



「ううん、目が合ったから話しをしてみようかなって思ってだけ。それじゃあね」



あたしはそう言い、1年生のクラスから遠ざかったのだった。


☆☆☆


「ねぇ、結局なんだったの?」



2年1組へ戻って来たあたしに、佐恵子は怪訝そうな表情をしている。



「ちょっとね、どんな子か気になって」



「もしかして朱里、大田君のファンとか?」



別にファンなんかじゃない。



でも、今はそうしておいた方がよさそうだ。



「そうだね。まぁ、嫌いじゃないかな」



そう答えると佐恵子は驚いた様子で目を大きく見開く。



「本当に? 珍しいね朱里があんな普通っぽい子を気にするなんて」



「そう?」



「そうだよ。いつもイケメンばっかりだったじゃん」



そうかもしれないけれど、大田君も悪くはなかった。



「この学校内で付き合うなら断然草山君だけどねぇ」



あたしはそう呟いて、同じ1組の草山輝明(クサヤマ テルアキ)へ視線を向けた。



草山君は学校内でも1位2位を争うほどのイケメンで、ファンクラブまで存在している。



カオルも十分カッコよかったけれど、草山君はレベルが段違いだ。



都内へ遊びに行くと、必ず芸能事務所にスカウトされると聞いたこともある。



「誰もが憧れる王子様だから、誰も告白しないらしいね」



佐恵子が草山君へ視線を向けてそう言った。



「そりゃそうだよ。自分が近づくなんて恐れ多いって、みんな思ってるよ」



あたしもその1人だった。



草山君と会話ができるだけで大ラッキーなのだ。



そのくらい人気があるからか、草山君は彼女を作ったことがないらしい。



嘘か本当かわからないけれど、特別な人を作る事で沢山の女の子が傷ついてしまうのが嫌なんだとか。



そんなところも王子様対応で素敵だった。



「だけど、今は大田君なんだね?」



「うん……まぁ、いまのところはね」



あたしはそう言い、苦笑いを浮かべたのだった。


☆☆☆


放課後になり、1人で校門までやってくるとそこには大田君の姿があった。



細い体を小さくして門柱の隣に立っている。



誰かと待ち合わせかな?



そう思って通り過ぎようとした時だった、「あの、天宮先輩」と、突然声をかけられたのだ。



あたしは驚いて立ち止まり「え?」と、首を傾げる。



大田君と約束をしていた覚えはない。



「あの、天宮先輩ともう少し話がしたくて、待ってました」



おどおどしながらも、そう言う大田君。



「あたしを待っててくれたの?」



「はい。あの、ごめんなさい。迷惑なら、帰ります……」



その言葉に思わず笑ってしまいそうになった。



そこまで気にしなくていいのに。



相手が高原だったら絶対に嫌だったし、絶対に立ち止まらなかった。



けれど、大田君はら話は別だ。



「いいよ。どこか行く?」



「い、いいんですか!?」



大田君は本気で驚いてそう聞いて来た。



「うん。ファミレスでいいかな?」



「もちろんです!」



あたしの対応に、大田君は今にも飛び上がらんばかりに喜んでいたのだった。

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