第9話

☆☆☆


今日は学校へ行くのが億劫だった。



糸は再び結ばれてしまった。



学校へ行けば、きっと昨日と同じようなことになるだろう。



今日も1日高原の顔を見ていないといけないのだ。



「おはよう朱里。元気ないね?」



下駄箱で佐恵子にそう声をかけられて、あたしは頷いた。



昨日、糸を切った時の喜びは今朝消えて行ってしまったから。



「今日もしつこいようなら、先生に相談しようね」



「うん……」



もちろん、そのくらいのことはするつもりだった。



学校外までつきまとってきたら、その時には警察にも通報する。



そのくらいしなければ、高原は理解しないだろう。



重たい気分のまま教室へ向かうと、そこに高原の姿はなかった。



「今日はいないみたい」



佐恵子がホッとした声でそう言った。



あたしも、ひとまずは安心した。



昨日みたいに待ち伏せをされていたら、あたしに逃げ道はない。



「朱里おはよ~。今日は彼氏来てないじゃん」



クラスメートからそんな事を言われて「彼氏じゃないってば!」と、半ば本気で言い返す。



高原がそばにいなくても、しばらくはその話題が付いて回りそうだ。



あたしは自分の席につき、大きくため息をはいたのだった。


☆☆☆


「今日は来ないね」



昼休憩になり、佐恵子がそう言って来た。



「本当! すごく快適!」



あたしはニコニコと笑顔でそう答えて、お弁当の卵焼きを口に運んだ。



今日は高原が1度も1組にやってきていないのだ。



それだけで随分と快適に過ごす事ができている。



「高原君、なにかあったんじゃない?」



「ふぅん?」



あたしは佐恵子の言葉に感心を示す事なく、お弁当を食べ勧める。



「この前食堂で見たイジメとかさ……」



「気になるなら、4組に行ってみれば?」



あたしがそう言うと、佐恵子は驚いたように目を丸くした。



「朱里は気にならないの?」



「全然?」



どうしてあたしが高原のことを気にしなきゃいけないのか、わからない。



関わらないでいいのなら、そっちの方がよほどうれしかった。



「あ、でも……」



あたしは赤い糸を見て思わずそう呟いていた。



「やっぱり気になる?」



「う~ん……1度くらいは確認しておいてもいいかもね」



高原のことは全く気にならないが、赤い糸がまだ高原の指に巻かれているのかどうかは、気になった。



「じゃあ、お弁当を食べたら行ってみようか」



「そうだね」



あたしは佐恵子の言葉に頷いたのだった。


☆☆☆


4組は1組の教室よりも随分と騒がしかった。



開け放たれたドアから教室内を確認してみると、教室の中央に高原がいた。



その周囲には食堂で見た4人の生徒たちがいて、高原を取り囲んでいる。



「やっぱり、イジメだ」



佐恵子が言う。



しかし、あたしにはそんなこと関係なかった。



高原の事を心配して見に来たんじゃない。



赤い糸を確認しに来ただけだから。



そしてその赤い糸は、高原の指には結ばれていなかったのだ。



「なんで……?」



「なんでってなにが? どうする? 声をかける?」



そう聞いてくる佐恵子の手を握り、あたしは近くの女子トイレへと向かった。



「あれ、ほっといていいの?」



佐恵子はまだ高原のことを気にしている。



でも、今のあたしはそれ所じゃなかった。



高原に糸は結ばれていなかった。



それなら、この糸の先には誰がいるの……?



あたしはハッとして佐恵子を見た。



「行こう!」



糸の先の相手を見つけなきゃ!



「行くって、どこへ?」



まだ混乱している佐恵子の手を握り、あたしは早足にトイレを出たのだった。


☆☆☆


糸の相手が同じ学校の人だとは限らない。



それでも、あたしは糸を辿って階段を下りた。



あたしは昨日糸を切った。



そうすると高原はあたしに感心を示さなくなり、糸の相手も変わった。



本当の運命の相手なら、こんな風になるはずがない。



元々高原は運命の相手じゃなかったのかもしれない。



そんな期待がどんどん膨らんでいく。



「ちょっと朱里、どこへ行くの?」



「ごめん。ここって……」



赤い糸が1つの教室へ向かって伸びているのが見えて、あたしはようやく歩調を緩めた。



教室のプレートは1年1組。



後輩だ。



あたしが年下と付き合うなんて考えたこともなかったけれど、この糸の相手が後輩なら、それもいいかもしれない。

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