第8話

☆☆☆


その日は放課後まで最悪だった。



高原のことが噂になるところか、休憩時間の度に本人が1組へやってきてあたしに声をかけるのだ。



あたしが佐恵子と話をしている時でもおかまいなし。



トイレに行っていた時はトイレの前で待っていた。



「もう……最悪……」



高原の顔なんて二度と見たくないと思っているのに、あいつは度々やってきてニヤけた顔を見せて来る。



1組の中でもそれはあっという間に広まって、『高原君と付き合ってるの?』


と、何度も質問されたほどだ。



その度に全力で否定していたら、さすがに疲れてしまった。



そしてようやく放課後になったところだった。



「今日は一緒に帰ろうね」



机に突っ伏しているあたしへ向けて、佐恵子がそう声をかけてきてくれた。



あたしは顔をあげる。



高原のことなだから、あたしの家までついて来てしまいそうだ。



「ありがとう。そうしてもらえると助かる」



あたしはそう返事をして、重たい体を持ち上げた。



高原のせいで精神的に追い詰められ、今日は授業も身が入らなかった。



「ここで待ってて」



佐恵子がそう言い、先に廊下へ出て確認する。



そして「大丈夫だよ。いないから」と、声をかけてくれた。



悪いのはどう考えても高原の方なのに、どうしてあたしがコソコソしないといけないんだろう。



そんな憤りを覚えながらも早足で下駄箱へと向かう。



ここまで来ればもう大丈夫だろう。



「ねぇ、高原君と朱里は元々知り合いだったの?」



再び歩き出した時、佐恵子にそう質問されたのであたしは左右に首を振った。



「知らないよ。昨日食堂で合ったのが初めて」



名前と顔くらいは知っていたけれど、それ以上の関係ではなかった。



沢山の生徒たちが通う学校では、このくらいの関係の子は沢山いる。



「そっか……」



そう言い、佐恵子はなにか考え込んでしまった。



「どうしたの?」



「ねぇ、本当に高原君が運命の相手じゃないんだよね?」



その質問に、あたしは一瞬表情をひきつらせた。



今日あれだけ高原に話かけられたから、小指も確認している。



あたしの赤い糸は高原としっかりと結び付けられていた。



「そ、そんなワケないじゃん!!」



あたしは大きな声でそう言って否定した。



あまりに大きな声だったため、来たく途中の生徒がこちらへ視線を向けてくる。



「それならいいんだけど……」



運命の相手だから、高原はあんなに必死になってあたしに話かけるんだろうか?



だけど、あたしはこれだけ高原のことを嫌悪しているのだ。



そんな状態の相手が運命の相手になれるはずがない。



「佐恵子ってば変なこと言わないでよね」



あたしはそう言い、佐恵子の前を歩き出したのだった。


☆☆☆


家に戻ってからはようやく安心できた。



今日は佐恵子が家まで送ってくれたから大丈夫だったけれど、今後どうなっていくかわからない。



いくら冷たい態度をとっても、キツイことを言っても高原はメゲない。



あたしから引き離すことは難しそうだ。



いつまでも佐恵子に守ってもらうわけにはいかないし、どうにか策を考えないと……。



そう思った時、再びハサミが視界に入った。



昨日この糸を切ってしまおうと考えた自分を思い出す。



あの時はタイミングが悪くて切れなかったけれど……。



あたしはそっとハサミを握りしめた。



いつも使っている文房具なのに、今日だけは特別鋭利な刃物のように感じられた。



「運命の糸を切ったって、別に平気だよね……?」



あたしはそう呟いて、赤い糸にハサミを入れたのだった。



あれだけ頑丈だった赤い糸はスルリとほどけ、床に落ちると同時に消えて行った。



「消えた……」



あたしは息を飲んでそれを見つめる。



左の小指には糸が巻かれていた感触も残っていない。



「な……なぁんだ! 運命の赤い糸って切れるんじゃん!」



ホッとしたと同時にそう言い、大きな声で笑った。



これから一生高原に付きまとわれて、いつしか高原の事を好きになってしまって、結婚までしてしまうのかと思っていた。



でも違ったのだ。



赤い糸は切れて、消えた。



もう、あたしと高原は結ばれてなんかいないんだ。



そう思うと背中に羽が生えたような気分になった。



「よかった! これで本当の運命の相手を探せるよね」



あたしはそう呟いて、気分がいいままベッドに横になったのだった。


☆☆☆


翌日。



目が覚めると、左の小指に違和感があった。



寝ぼけたまま左手を顔の近くに移動して確認する。



まだ薄暗い部屋の中で、自分の小指に糸が絡み付いているのを見た。



「え!?」



ハッと息を飲んで飛び起き、電気を付けて確認した。



「なんで……?」



昨日切ったはずの赤い糸が、またあたしの小指にしっかりと結び付けられているのだ。



「なんで!?」



昨日切ったじゃん!!



これであたしと高原は結ばれることはない。



そう思って大喜びしたのに……!



もう1度切ってみようか……。



そう思った時、ふと糸の色が変わっていることに気が付いた。



昨日までは鮮明な赤色だった。



細い血管が切れた時に出るような、透明感のある赤。



しかし、今日は太い血管を切ってしまった時の色に近づいている。



昨日よりも黒ずんでいるのだ。



「糸だから汚れたとか……?」



そう呟いて首を傾げる。



手元の糸だけ汚れるならともかく、部屋のそとへ続いている部分まで全部が変色している。



これってどういうこと?



あたしは糸を切る事も忘れて、呆然と変色してしまった糸を見つめていたのだった。

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