第7話

☆☆☆


家に戻り、自室で宿題を片付けていると鞄の中のスマホが震えた。



右手を伸ばし、内ポケットから白いスマホを取り出す。



「誰……?」



見たことのない番号からの着信に首を傾げた。



相手もスマホか携帯電話の番号だけれど、うかつに出てもいいものかどうか悩んだ。



そうしているうちに着信は止まり、画面は暗転する。



「まぁ、いっか」



知らない番号だし、無視するのが一番だよね。



そう考えて宿題を再開しようとしたとき、今度はメッセージの着信音が聞こえて来た。



短い音に反応し、慣れた手つきで画面を操作する。



《高原:朱里ちゃん? 体調大丈夫?》



そのメッセージにあたしは画面を見つめたまま絶句していた。



なんで!?



高原とメッセージ交換をした覚えは、もちろんない。



《高原:既読ついたってことは、読んでくれてるんだよね?》



そのメッセージに慌ててメッセージ画面を閉じた。



心臓がドクドクと脈打っているのを感じ、背中に汗が流れて行った。



なんで高原があたしにメッセージを送ってくるの!?



誰かがあたしのIDを高原に教えたとしか考えられなかった。



ポンポンと続けて送られてくるメッセージに焦り、すぐにブロックした。



ひとまず、これで高原からのメッセージは受け取らなくてよくなった。



でも、問題は誰が高原にあたしのIDを教えたのか、だった。



「まさか、佐恵子じゃないよね……?」



すぐに脳裏に浮かんできた佐恵子の顔。



でも、友達の佐恵子がそんなことをするとは思えなかった。



かと言って、他に怪しいと思える人物がいるわけでもない。



あたしはしばらく悩んだあげく、佐恵子にメッセージを送ることにした。



《朱里:佐恵子、ちょっと聞きたいことがあるんだけど》



《佐恵子:なに?》



すぐに返事が来た。



《朱里:高原にあたしのメッセージIDを教えたりしてないよね?》



《佐恵子:高原って、高原君のこと? 教えてないけど、どうしたの?》



やっぱり、佐恵子は関係ないみたいだ。



それがわかると安堵すると同時に、疑問が浮かんできた。



佐恵子じゃないとなると、一体誰が高原にあたしのIDを教えたのだろう。



《朱里:今高原からメッセージが届いたの。でも、連絡先なんて交換してないんだよね。きっと、誰かが勝手に教えたんだと思う》



《佐恵子:え? それって大丈夫なの?》



《朱里:とりあえずブロックしておいたから平気だと思う。だけど、明日学校でなにか言われるかも……》



《佐恵子:わかった。その時はあたしが間に入ってあげる。勝手にIDを探し出して連絡してくるなんて、さすがにやりすぎだもんね》



《朱里:そうだよね。ちょっと怖かったよ》



高原とはまともに会話をしたことがない。



それなのに、ちょっと顔を見ただけであんな風になってしまうなんて、思い出しただけでも体が震えた。



あたしは宿題を途中やめにして、小指の赤い糸を見つめた。



何度も指から外そうとしたけれど、ダメだった。



キツク巻かれているワケじゃなさそうなのに、それは全くほどける気配がない。



ふと、ペン立ての中にあるハサミに視線が向いた。



高原が相手なら、この糸を切ってしまってもいいんじゃないか?



そう考えて、ハサミに手を伸ばす。



糸に立てて切ろうとした、その瞬間だった。



玄関が開く音がして「ただいま」と、母親の声がした。



スマホで時計を確認すると、もう午後5時を過ぎている。



「うそ、もうこんな時間?」



あたしはそう呟き、ハサミを置いて自室を出たのだった。



翌日、目が覚めた時もあたしの左小指には赤い糸がしっかりと結ばれた状態だった。



いつも通り家を出て、いつも通り学校へ向かう。



しかし、赤い糸について触れて来る人は誰1人としていなかった。



やっぱり、この糸はあたしにしか見えていないのだ。



「朱里、昨日は大丈夫だった?」



下駄箱で靴を履き替えていると、佐恵子がやってきてそう声をかけてきた。



「うん……まぁね」



あたしは曖昧に頷く。



正直、高原のことが気持ち悪くて仕方なかった。



ちょっと会話をしただけで、あそこまであたしに入り込んでしまうなんて、考えてもいないことだった。



これが思い込みの強いストーカーというものかもしれない。



「高原君にはちゃんと言った方がいいよね」



階段を上がりながら佐恵子がそう言った。



「ちゃんと言うって?」



「好きじゃないってことを、伝えなきゃ」



それはそうかもしれない。



でも、あたしは高原に好きだなんて言っていないのだ。



向こうが勝手に付きまとっているだけなのに、どうしてあたしが高原に気をつかってやらないといけないんだ。



そんな気分になって、黙り込んでしまった。



「あ……」



そんな調子で教室までやって来たとき、4組の高原が入口の近くに立っているのが見えた。



自然と足が止まってしまう。



近づきたくない。



そう思うのに、向こうがあたしに気が付いて近づいて来てしまった。



少し歩くだけで高原の巨体は大きく揺れる。



まるで、地震が起きてしまいそうだ。



高原は脂ぎった笑顔を張り付けて、あたしと佐恵子の前で立ちどまった。



「おはよう天宮さん。と、その友達」



佐恵子のことを付けたすように言うなんて、お前は何様だ。



内心そう毒づいて高原を睨み上げた。



背が高い上に大きいから、近くにいるだけで威圧感がすごかった。



「昨日は突然メッセージしてごめんね。驚いたよね? でも、俺天宮さんとメッセージで繋がれてすごく嬉しかったよ」



鼻息荒くそう言ってくる高原。



「それなんだけど。高原君は誰から朱里のメッセージIDを教えてもらったの?」



「えっと、1組の……誰だっけ? 名前、忘れちゃったなぁ」



そう言って頭をかく高原。



「しらばっくれないでよ」



あたしがそう言うと、高原はヘニャッと表情を崩した。



こちらが怒っていることにも気が付かないなんて、どれだけマイペースなんだろう。



「しらばっくれてなんてないよ? ただ、沢山の生徒に聞いたから、誰が教えてくれたかわからなくなったんだ」



なんでもないようにそう言う高原に、あたしと佐恵子は目を見交わせた。



「1組の生徒、何人くらいに聞いたの?」



佐恵子が、恐る恐るという雰囲気で高原に訊ねる。



「えっとぉ~」



高原は記憶を呼び起こすように視線を空中へ投げて「1人、2人」と、指折り数えはじめた。



それが10人に到達したとき、あたしは大きくため息を吐き出して「もういい」と、一言言った。



それだけの人数に聞いているのなら、もうクラス中で知らない子はいないだろう。



もし、あたしと高原が妙な噂になっていたら?



そう考えると腸が煮えたぎった。



もう一秒たりとも、こいつの顔を見ていたくない。



あたしはそう思い、大股で教室へと入って行ったのだった。

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