第6話

そう聞きたいが、もちろん2人の間に割って入るような勇気はなかった。



それに、相手が葉子先輩だという時点であたしに勝ち目はなかった。



それがわかってしまった瞬間、全身の力が抜けてその場にしゃがみ込んでしまった。



赤い糸の相手がカオルだったらなんて、少しでも期待していた自分がバカだった。



カオルとは昨日別れたばかりなんだから、そんなにすぐ心変わりすることもない。



「ちょっと佐恵子、大丈夫?」



しゃがみ込んでしまったあたしを心配して、佐恵子が手を差し伸べてくれた。



「うん……。ちょっとメマイがしただけ」



そう言い、佐恵子の手を借りてどうにか立ち上がった。



でも、もうここにはいたくなかった。



あたしの運命の相手が高原で、カオルは葉子先輩の付き合い始めている。



そんな事実、受け止めきれない。



「君、大丈夫?」



後方からそんな声が聞こえてきて、振り向くとそこには心配そうな顔をした高原が建っていた。



油ぎった顔、少し動くだけで息が切れて鼻息が荒くなっている。



「だ、大丈夫……」



あたしはそう言って後ずさりをした。



自然と、目が高原の小指へと向かう。



あたしと同じ左手の小指に赤い糸がしっかりと結ばれている。



それを確認した瞬間全身に鳥肌が立った。



こんなヤツがあたしの運命の相手?



高原と手を繋いで、高原とキスをするの?



無理……!!



咄嗟にあたしは出口へ向けて駆け出していた。



もう一秒たりとも高原の顔を見ていたくない。



食堂の出口まで走って来たあたしは、ようやく足を止めて呼吸を整えた。



「どうしたの朱里!?」



あたしに追いついた佐恵子が驚いた声でそう聞いて来た。



「だって……つい……」



「高原君、心配してくれてたじゃん、。無視してきていいの?」



佐恵子はそう言い、高原の様子を気にしている。



あたしはそんな佐恵子が信じられなかった。



「どうしてあんなヤツのことを気にするの?」



「あんなヤツって、そんな言い方ないんじゃない?」



「だって、すごいデブでブサイクで、おまけにイジメられっ子だよ? 話かけないで欲しかったのに」



あたしはそう言い、大きく息を吐いて歩き出した。



食堂から逃げ出したことで、少し気分が落ち着いた。



早く教室へ戻ってお弁当を食べないと、昼休憩が終ってしまう。



「ところで、赤い糸の相手は?」



佐恵子にそう聞かれたので、あたしは首を傾げた。



「見つからなかった」



あたしはそう返事をしたのだった。




放課後になり、鞄に教科書を入れていると教室の外にいたクラスメートがあたしに話かけてきた。



「朱里ちゃん。呼ばれてるよ」



「え?」



そう言われてあたしは鞄を手に取り、廊下へ出た。



廊下には生徒たちがごった返していて、みんな部活へ向かったり家に帰ったりしている。



そんな中、高原が建っていたのだ。



高原はあたしを見た瞬間、フニャッと表情を緩めた。



その笑顔は肉に隠れて消えてしまいそうだ。



「じゃあね、ばいばい朱里ちゃん」



あたしを呼んだクラスメートは、用事は終わったと言わんばかりにそそくさと帰って行ってしまう。



「あ、ちょっと待って!」



呼び止めて一緒に帰ろうとしたが、その間に高原が割り込んで来た。



「なによ……」



あたしは数歩後ずさりをして高原を睨み付ける。



なにかされたわけじゃないけれど、近くにいるだけで嫌悪感があった。



「今日、大丈夫だった?」



その質問にあたしは首を傾げた。



けれど、すぐに思い出す。



昼間の出来事を言っているのだ。



「全然平気だから。帰りたいんだけど」



そう言って高原の横をすり抜けようとしたのに、生徒たちが多くてすり抜けることができない。



このデブ!



ちょっとは横にどけろよ!



内心そう毒づいて舌打ちをする。



「家どこ? 送って行くよ」



デブが鼻息を荒くしてそう言ってくる。



見れば見るほどブタに似ている。



いや、そんなことを言ってはブタに失礼かもしれない。



それなのに、あたしの赤い糸は何度確認してみても、高原の指にしっかりと結びついているのだ。



それを見るだけで吐き気が込み上げて来る。



「1人で帰れるから平気」



あたしは高原を睨み付けてそう言った。



しかし、高原は睨まれていると感じていないようで、ヘラヘラと笑顔を浮かべている。



あたしの好みのタイプはカオルのようなイケメンだ。



背が高くてスタイルが良くて、顔ももちろんいい。



そんな相手と付き合いたいから、メークやモテ仕草を勉強してきたんだ。



こんなブタに好かれるための努力じゃない。



その時、生徒の流れが落ち着いたようで廊下に充分なスペースができた。



「じゃあね」



あたしは冷たい声でそう言い、その場から逃げ出したのだった。


☆☆☆


下駄箱まで走ってくると、さすがに高原は追いかけてこなかった。



「ほんと迷惑なヤツ」



ブツブツと文句を言って靴を履き替え、外へ出た。



新鮮な空気を吸い込むとちょっとだけ気分が変わる。



「あれ、もう用事は終わり?」



外へ出たところで佐恵子はがそう声をかけて来た。



「佐恵子、どこにいたの?」



「どこって、朱里が話し中だったからここで待ってたんだよ」



「一緒にいてくれたらよかったのに」



佐恵子は悪くないのに、思わず頬を膨らませてそう言ってしまった。



佐恵子がいれば、なにかと理由をつけて早く逃げることができたかもしれない。



「ごめん。なにか大切な用事かと思ったから」



「ぜんっぜん大切な用事なんかじゃないから」



あたしはそう言い、佐恵子の手をとって歩き出した。



「あのさぁ朱里」



「なに?」



「赤い糸の相手ってもしかして、高原君だったんじゃないの?」



その言葉に、あたしは思わず足を止めて佐恵子の顔をマジマジと見つめてしまった。



「あ、気を悪くしたならごめんね? でも、なんだかそんな気がして」



佐恵子が慌ててそう言った。



どうしてわかったんだろう?



そんな疑問と同時に、絶対に肯定してはいけないと思った。



高原が相手だなんて知られたら、あたしはきっと笑いものだ。



「そんなワケないじゃん! なに言ってんの佐恵子~」



あたしはそう言いて大きな声で笑った。



「そっか。それならいいんだけどさ」



「あたしの相手はもっとカッコいい人なんだからね」



「顔だけじゃないと思うけど、朱里はカッコいい人が好きだもんね」



「そうだよ! そういう人と付き合いたいから頑張ってるの!」



だから、絶対に信じない。



運命の相手が高原だなんてこと……。

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