第5話

昼休みに入ると同時に、あたしと佐恵子は教室を出た。



「さて、赤い糸はどっちに向かってる?」



廊下に出ると、ウキウキとした口調で佐恵子がそう聞いて来た。



あたしは赤い糸の行先を確認する。



糸は廊下の端へ向かって真っ直ぐ伸びている。



「あっち」



あたしは廊下を指さして歩き出した。



「どうする? 運命の相手が同じ学校の人だったら!」



「そんなに調子いい話、ないでしょ」



あたしは苦笑いで返事をした。



だけど実際はその都合のいい展開を期待していた。



赤い糸の先にいるのは同じ学校の生徒。



そしてその生徒がカオルでありますようにと。



1度別れてもまた付き合い始めるカップルなんて沢山いる。



あたしたちも、きっとそうなれると信じていた。



「佐恵子、お昼は本当に食べなくて大丈夫なの?」



廊下を進みながら、あたしはそう聞いた。



「お昼ご飯よりも運命の人の方が大切でしょ!?」



何の躊躇もなくそう言い切る佐恵子に、あたしは苦笑いをしてしまった。



あたしはお昼を食べてから行動すればいいと思っていたのに、佐恵子に『そんなの後回し!』と、言われてしまったのだ。



そこまで期待されると、あたしも赤い糸の先にいる相手のことが気になってしまった。



「ドキドキするねぇ。朱里の運命の相手は誰なんだろう」



「だからさぁ、この学校内にいるとは限らないってば」



そう言いながら歩いていると、階段に差しかかった。



赤い糸は階段の下へと伸びている。



このまま学校を出てしまうようであれば、後日改めて探さないといけなくなるだろう。



きっと、その可能性の方が高いのだけど。



佐恵子と2人で昨日の夢について話しながら階段を下りて行くと、今度は右手へと続いている。



この先には食堂と購買があるため、生徒達でごった返しているはずだ。



まさかその中に入って行かないといけないんだろうか?



そう思うと一瞬気が引けた。



しかし、食堂の中にいるということは校内にいる誰かと繋がっている可能性が高くなるのだ。



あたしはゴクリと唾を飲み込んで足を進めた。



「なんか、急に緊張してない?」



佐恵子にそう聞かれたので「だって、糸の先が……」そこまで言い、あたしは生徒達でごった返している食堂へと視線を向けた。



やはり、糸の先は食堂へと続いていたのだ。



「この中の誰かってこと!?」



「そうかもしれない」



あたしはそう返事をして、開け放たれている食堂へと足を進めた。



色んな生徒たちがいる中、自然とカオルの姿を探している自分がいた。



もし、万が一、あたしの糸がカオルと繋がっていれば……。



「俺はカレーだって言っただろうが! このデブ!」



そんな声が聞こえてきて、あたしは立ち止まっていた。



声が聞こえた方へ視線を向けると、数人の男子生徒に囲まれるようにして座る、1人の男子生徒の姿があった。



2年4組の高原義明(カタハラ ヨシアキ)だ。



相撲取りのように太っていて1年生の頃からイジメに遭っているという噂を聞いたことがあった。



義明は4人組の生徒に囲まれていちゃもんを付けられている最中だ。



正直、そんなものに興味はなかった。



あんな醜い見た目をしているからイジメの対象にされるんだ。



嫌なら痩せればいいのに。



「可愛そうだね」



再び歩き出そうとしたとき、佐恵子がそう呟いた。



あたしは驚いて振り返る。



「今、なにか言った?」



「高原君。可愛そうだと思わない?」



小さな声だけど、確かにそう言った。



「なんで? 別に?」



イジメられたくないなら、自分が努力をすればいいだけだ。



そんなあたしへ、佐恵子は驚いたように目を見開いた。



「朱里はあれを見てもなにも思わないの?」



「イジメなんて幼稚だなぁと思うけど、それだけだよ?」



そう答えて、また歩き出した。



お昼を食べていないから、食堂の匂いに反応してしまう。



早く運命の相手を見つけて教室へ戻ろう。



そう思って歩いていた時だった。



不意に赤い糸が途切れているのが見えたのだ。



それは誰かの小指に硬く結ばれている。



心臓がドクンッと大きく跳ねた。



いた……!!



そう思い、顔を上げて相手を確認した瞬間、その場で硬直してしまった。



そこに立っていたのはさっき男子たちにイジメられていた高原その人だったのだ。



高原は買い間違えをしたため、再び行列に並んでいる所だったのだ。



「どうしたの朱里?」



佐恵子にそう声をかけられてハッと我に返った。



あたしの運命の相手が高原?



そんなのあり得ない!



あたしはブンブンと左右に首を振った。



こんなのなにかの間違いだ。



赤い糸の先にいるべきなのはカオルのはず……。



「ちょっとごめんね。そこ通らせてくれる?」



そんな声が聞こえて顔を向けると、そこには3年1組の相田葉子先輩がトレイを持って立っていた。



学校1の美人ということで、葉子先輩のことを知らない生徒はいない。



「あ、ごめんなさい」



すぐに身を避けたところで、葉子先輩の後ろからカオルが歩いてくるのが見えた。



あたしと視線がぶつかった瞬間、気まずそうに目を逸らされてしまった。



昨日まであれだけ仲が良かったあたしたちなのに……。



そう思うと、また胸が痛んだ。



そして驚いたことに、葉子先輩とカオルの2人は並んで座り、食事をし始めたのだ。



その光景に唖然として口が開いて行く。



2人が知り合いだなんて、あたし聞いてない。



カオルの好きな人って、葉子先輩なの?

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