第4話

☆☆☆


制服に着替えて外へ出てみると、赤い糸はずーっと先まで続いていることがわかった。



自分の心臓がドクドクと跳ねているのを感じる。



これが本物の赤い糸なら、あたしのこの先に王子様がいる……?



「あら、朱里ちゃんおはよう。今日は早いのね」



玄関先で赤い糸を見つめて突っ立っていると、隣の家のおばさんが顔を出した。



手にはゴミ袋を持っている。



「あ、おはようございます」



ペコリと頭を下げて、歩き出した。



「最近あの男の子見かけないけど、元気? あの子本当にカッコよかったわねぇ」



アイドル好きだと公言しているおばさんはそう言いながら、家の前のごみ収集所へ向かう。



カオルのことを言っているのだ。



カオルは何度かあたしを家まで送ってくれたことがあり、隣のおばさんも知り合いになっている。



「また今度連れて来てね」



イケメン好きなおばさんはあたしへそう言い、スキップでもするように家へと戻って行ってしまった。



それを見て、自分の気持ちが重たく沈んでいくのを感じる。



カオルは確かにイケメンだった。



1年生の頃からライバルは多かったし、今でも先輩や後輩に人気があると聞く。



あたしも、よく佐恵子から面食いだと言われていた。



ファンになるアイドルや俳優もみんなカッコイイし、カオルだって……。



そう考えると、あたしにはカオルしかいないような気がしてきてしまう。



赤い糸の先に誰が待っているのかわからないけれど、カオルほどのイケメンはなかなかいない。



「見つけて、ブサイクだったら嫌だなぁ」



あたしはそう呟き、さっきまでの勢いを無くしてしまったのだった。


☆☆☆


「朱里、おはよぉ」



机に座って雑誌を読んでいると、登校してきた佐恵子がそう声をかけてきた。



「おはよ」



「よかった。思ったより元気そうで」



佐恵子はそう言い、ホッとしたようにほほ笑んだ。



「まぁね、いつまでも凹んでるワケにはいかないからね」



そう言ってあたしは笑って見せた。



本当は、今朝の出来事で気持ちは沈んでいた。



けれど小指に現れた赤い糸のことは気になったままだ。



「あのさぁ佐恵子。ちょっと変なこと聞いてもいい?」



「変なこと?」



「うん。この指になにか見える?」



あたしはそう言い、自分の小指を佐恵子の前に出した。



「小指?」



「そうなんだけど、なにか結ばれてるように見えない?」



「なにも見えないけど、どうしたの?」



佐恵子は怪訝そうな表情でそう聞いて来た。



やっぱり、ここへ来るまでにも誰からもなにも言われなかった。



きっと、あたし以外には見えないのだ。



「そっか……」



「なになに? 気になるじゃん」



佐恵子が身を乗り出して聞いてくる。



妙なことを言い出したと、笑われないだろうか?



そう思って、赤い糸について話そうか黙っておこうか悩んでいると、佐恵子が気が付いたように目を輝かせはじめた。



「まさか、神社に行った?」



途端に小声になってそう聞いてくる佐恵子。



「あ、ううん。神社には行ってないよ」



あたしはそう言って左右に首を振った。



「なぁんだ。神社に行ってご利益を貰ったのかと思った」



佐恵子は本当に残念そうにそう言った。



神社には行っていない。



でも……。



昨日、昼寝から目覚めた時のことを思い出すと妙な気分になった。



どうしてあたしの体はあんなに冷えて、ソックスが汚れていたんだろう?



そう考えた時、オレンジのキャンディーのことを思い出した。



そういえば昨日、夢の中でお賽銭の代わりにしたんだっけ。



夢の中なのに佐恵子にもらったキャンディーが出て来るなんて、やけにリアルだったんだよね……。



そう思い、自分のスカートのポケットに手を入れた。



「あれ……?」



そこにあるはずのキャンディーに手が触れない。



逆側のポケットを確認してみても、貰ったキャンディーは入っていなかった。



「どうしたの?」



「昨日佐恵子がくれたキャンディーがなくなったの」



どこかに落としてしまったんだろうか?



「あぁ、あれならまた沢山あるよ。いる?」



そう言って、佐恵子は昨日と同じオレンジのキャンディーを1つ、あたしの手のひらに置いた。



「ありがとう……」



受け取りながらも、違和感に胸騒ぎがした。



昨日のあれは夢だったんだよね?



あたし、あの神社に行ってなんかないよね?



「朱里、険しい顔になってるよ?」



佐恵子にそう言われて、あたしは自分の頬を両手で包み込んだ。



「ねぇ佐恵子。信じてくれなくてもいいから、あたしの話を聞いてくれる?」



「もちろん。なに?」



「あのね……」



あたしは昨日見た夢の話を佐恵子に聞いてもらった。



今朝起きてから自分の小指に赤い糸が見えることも。



話をしている間に、佐恵子の目が再び輝き始めた。



「嘘……それって夢の中で参拝したってことじゃないの!?」



「佐恵子、声大きい!」



慌ててそう言い、周囲を見回す。



まだホームルーム前で教室内は騒がしく、幸い目立っていなかったようだ。



「ごめん。でも、赤い糸って絶対に運命の王子様だよ」



「そうなのかなぁ……?」



自分にしか見えない糸なので、なかなか信用ができなかった。



目の病気とか、もしかしたら精神的な病気はないかと疑ってしまう。



「とにかく、今日はその相手を見つけてみようよ」



「あたしもそうしようと思ったんだけどさ、赤い糸の相手が同じ学校の生徒とは限らないじゃん?」



「あぁ、そっか……」


そうなのだ。



途中までは探す気満々でいたのだけれど、もしかしたら隣街の人とか、それこそ外国にいる人の可能性だってある。



そう思うと、赤い糸を手繰り寄せることも簡単ではないとわかってしまった。



「でもさ、一回くらいチェレンジしてみてもいいんじゃないかな?」



まだ希望を捨てきれていないようで、佐恵子が言う。



「まぁね……」



同じ学校の生徒である可能性だって、もちろんある。



「わかった。休憩時間に探してみるね」



そう言うと、佐恵子は喜んで「それならあたしも一緒に!」と、言ったのだった。

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