第3話

☆☆☆


ハッと息を飲んで目を覚ました。



そこはいつもの自分の部屋で、窓の外はすっかり暗くなっている。



「やっぱり、夢か……」



そりゃそうだよね。



そう思って1人で軽く笑った。



あの奇妙な夢のおかげで、気分は随分とスッキリしていた。



「朱里、帰ってるんでしょ?」



階段の下から母親の声が聞こえてきて、あたしは慌てて電気を付けた。



「帰ってるよ!」



そう返事をして枕元の時計を確認すると、すでに夜の7時を過ぎている。



家に戻ってから今までずっと眠っていたようで、さすがに自分に呆れてしまった。



「夕飯よ!」



「すぐに行く!」



あたしはそう返事をしてベッドを下りた。



その瞬間、はいていたソックスに違和感があり、あたしは立ち止まっていた。



足先が凍るほど冷たく、ソックスにしみこんだ水が床にシミを作っている。



「え……?」



すぐにソックスをぬいで確認してみると、土埃がこびりついていたのだった。



あの夢は一体なんだったんだろう?



本当の出来事だなんて思えないし、まさか、あの夢を見ながらあたしは徘徊していたんじゃないだろうか?



そんな不安が過り、あたしは暖かな湯船の中で身震いをした。



夕飯の前に、なぜか冷え切っていた体を温めることにしたのだ。



なにはともあれ、涙が引っ込んでくれて助かった。



あのままずっと泣き続けていたら、両親に顔をみせることができないところだった。



お風呂の鏡で自分の顔を確認すると、少し瞼が腫れているように見えた。



でも、これくらいなら昼寝のし過ぎたと誤魔化すことができる。



「明日の学校休みたいなぁ……」



体を洗いながら思わずボヤいた。



学校へ行けば嫌でもカオルと顔を合わせてしまうだろうし、カオルの好きな相手にだって会ってしまうかもしれないのだ。



それで2人が上手く行ったりなんてしたら……。



そこまで考えて、あたしはシャワーのお湯を頭からかぶって考えを打ち消した。



今は嫌なことばかりを考えてしまうから、お風呂から出たらお笑い番組を見よう。



それで大声で笑って、嫌なことなんて消し去ってしまおう!


☆☆☆


翌日、目を覚ますといつもより体が重たく感じられた。



昨日寝過ぎてしまった事が原因のようだ。



ベッドの上で1度大きく伸びをして、息を吐きだす。



昨日冷え切ってしまった体はポカポカと暖かく、心地よさを感じる。



これなら大丈夫だ。



学校へ行かないと佐恵子も両親も心配するだろうし、準備をしなきゃ。



そう思ってベッドから上半身を起こした。



その時だった。



視界の中に赤い糸のようなものが見えて、あたしは瞬きをした。



糸はドアの外からあたしへ向かって伸びてきているように見える。



「えっ!?」



糸のたどり着いた先を確認して、声を上げていた。



その赤い糸はあたしの左手の小指に巻き付いているのだ。



「なにこれ!?」



こんな糸、自分の小指に巻き付けた記憶はなかった。



あたしが眠っている間に誰かが巻き付けたんだろうか?



そう考えてサッと青ざめた。



自室は鍵がかかるから、誰かが外から入ってくることはできないのだ。



ということは、この部屋の中に誰かがいる……?



そう考えたあたしはそっとクローゼットへと近づいた。



誰かが隠れているとしたら、この中くらいしか想像できなかった。



ベッドの下は収納になっているし、窓の外に足場はない。



えいっ!



と勢いをつけてクローゼットを開くと、そこには昨日準備した制服がハンガーにかけられていた。



後はあたしの私服。



下の段を覗いてみても、見覚えのあるストーブと毛布があるだけだった。



ひとまずあたし意外の人間はいないようで、ホッと胸をなで下ろした。



だとすると、この糸は一体なんなんだろう?



疑問を感じながら、糸を辿って部屋の外へと出て見た。



赤い糸は階段を下っている。



階段の下まで到着すると、ちょうど母親がリビングから出てきたところだった。



「あら、おはよう朱里。今起こしに行こうと思ってたのよ」



「おはようお母さん。ねぇ、この糸なんだと思う? 玄関の外に続いてるんだけど」



あたしは自分の小指を母親へ見せてそう言った。



「糸? なんのこと?」



そう言って首を傾げる母親。



「この糸だよ。さっきから取ろうとしてるんだけど、取れなくてさぁ」



「なにわけのわからないことを言ってるの? 早くご飯を食べて、準備しなさいよ」



母親はそう言い、リビングへと戻って行ってしまった。



しかし、あたしの小指の赤い糸は確かに玄関の外へと続いている。



ハッとして、慌てて母親の後を追い掛けた。



「もしかして、見えてないの?」



出勤準備をしている母親はへ向けてそう聞いた。



「見えてないって、なにが?」



「この糸だよ!」



そう言い、もう1度自分の小指を母親へ見せた。



そこにはしっかりと赤い糸が結ばれている。



「お母さんにはなにも見えないわよ?」



「お父さんにも見えない」



話を聞いていた父親がそう言って来た。



「嘘……」



「まさか、朱里には運命の赤い糸でも見えてるのか? 案外ロマンチストだなぁ」



父親はそう言って豪快な笑い声を上げた。



運命の赤い糸……?



「あなた、もう出勤時間よ」



「あぁ、そうだった。今日は早出だったな」



「行ってらっしゃい。朱里、なにボーッとしてるの? 早くご飯食べちゃいなさい」



『運命の王子様』



『縁結びの神様』



『運命の赤い糸』



そんな言葉が一瞬にして頭の中にめぐり出した。



この糸の先にいるのは……?



「ごめんお母さん、今日はご飯いらない!!」



運命の相手がいるのなら、1秒でも早く会いたかった。



「あ、ちょっと朱里!?」



あたしは母親の言葉を無視し、こけそうになりながら階段を駆け上がったのだった。

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