第2話

「あたしも、縁結びの神社に言ってみようかなぁ」



鼻をかんで、あたしはそう呟いた。



まさに神頼みでもしたい気分だった。



「それなら、場所を教えてあげるよ!」



元気がなくなっていた佐恵子がパッと顔を上げてそう言った。



「え、場所がわかるの?」



「もちろん。だって都市伝説じゃないもん」



そう言って、スマホを取り出して地図機能を表示させる佐恵子。



「でも、神社にたどり着けるかどうかはわからないんだよね?」



「そうだよ。だって、その神社がある場所ってね……」



スマホを操作していた佐恵子が手を止めて、画面をあたしに見せて来た。



そこには学校から自転車で30分ほどの場所にある大きな山の地図が表示されている。



「この山の山頂にあるからだよ」



「え……?」



神山と呼ばれるその山は地元で最も大きく、スキー場が作られるくらい雪が積もる。



4月下旬の今でも、登っていれば見えるかもしれない。



なにより、この神山の山頂へ行くには道が厳しく、それこそたどり着けない人の方がおおいくらいなのだ。



「だからたどり着けるかどうかわからないってことかぁ」



あたしはスマホから視線を外してそう呟いた。



「そういうこと。今の時期だと余計に厳しいかもね」



山の上は寒さが激しい。



神山への登山客も夏に来ることが多いようだ。



「でも、この神社は不思議でね。本当に願いを叶えたい人が行けば、思ったよりも早く山頂までたどり着けるんだって」



佐恵子がスマホをポケットに戻してそう言った。



「えぇ~? それこそ都市伝説だよね」



いくら強い願いがあったって、山頂までの距離は変わらない。



登った人の感覚の違いだろう。



そう思っていると、保険の先生が戻って来た。



あたし達2人を見て目を丸くしている。



「もう授業は始まってるわよ?」



その言葉に佐恵子が立ち上がり「あたしは教室へ戻ります。朱里はしばらく休ませてやってもらえませんか?」と、言った。



あたしの目はきっと真っ赤になっていることだろう。



先生を直視することが恥ずかしくて、俯いてしまった。



「わかったわ。何があったのか知らないけど、1時間だけ話を聞いてあげる」



先生がそう言い、佐恵子はお礼を言って保健室を出て行ったのだった。



先生に甘えて話を聞いてもらって、また泣いて。



それでもあたしの胸にはポッカリと穴が開いた状態だった、



今日の昼間に振られたばかりなのだから、こればかりはどうしようもない。



真っ直ぐ家に帰り、そのまま自室のベッドにダイブした。



約1年間カオルと付き合って来て、本当に色々なことがあった。



最初は恥ずかしくて手も繋げなくて、学校内ですれ違うと互いに照れて俯いて。



徐々に慣れてきてからは、2人でいろんな場所へ出かけた。



水族館に遊園地に動物園。



博物館にも行った、



移動手段も自転車だったり、バスだったり、電車だったりして、飽きることがなくて本当に楽しかったんだ。



思い出すとまた目の奥が熱くなってきて、あたしは枕に顔を押し付けた。



気持ちが落ち着いたらカオルとの思い出の品を整理しないといけないかもしれない。



あたしにとって初めての彼氏だったから、見るたびに涙が出るかもしれないし。



そう思っていると、泣き疲れたためか自然と眠りに落ちていたのだった。


☆☆☆


ふと、肌寒さで目を覚ました。



布団をかけないまま眠ってしまったからだろう。



そう思い、目を閉じたまま寝返りをうって布団に手を伸ばす。



しかし、その手は一向に布団に触れない。



おかしいな、ベッドの上で眠ったはずなんだけど……。



なにかザワザワと風の音が聞こえて来る。



土の香りもする。



まだ夢の中にいるのかな……?



そう思った瞬間、強い風が吹いてあたしは飛び起きていた。



「え……?」



上半身を起こした状態で周囲を見回し、唖然として口を開けた。



自分の部屋で眠っていたハズなのに、ここは自分の部屋じゃなかった。



屋外だ。



周囲は木々に囲まれていて冷たい風が吹いているし、あちこちに雪が残っていた。



「ちょっと……なにこれ……?」



あたしはまだ夢を見ているんだろうか?



あたしは寒さに震えながら立ち上がった。



横になっていたのは腐葉土の上だったようで、来たままの制服には土埃が付いていた。



「夢なら早く覚めてよね。寒いんだけど!」



ちょっと大きな声でそう言ってみると、山びこのように声がこだました。



……山びこ?



「ここ、山の中なんてことないよね?」



自分でそう聞いて、「ないない、あり得ない」と、笑う。



しかし、現に周囲は木々に囲まれているし、とても寒い。



このままジッとしているのは危険かもしれない。



そう感じたあたしは一歩を踏み出した。



靴をはいていないため、ソックスで草木を踏みつけることになってしまう。



歩くたびに雪解けの残りが足先を冷やして行き、どんどん目が覚めて行く。



「嘘でしょ。ここって……」



開けた場所が見えて、あたしは立ち止まり、そう呟いた。



間違いない。



神山だ。



しかも頂上。



目の前には今にも崩れ落ちそうなほど古びた神社が立っていて、あたしは木で作られた鳥居の下に立っている状態だった。



たどり着くことのできない縁結びの神社。



昼間、佐恵子が言っていた言葉を思い出していた。



全身に鳥肌が立つのは寒さのせいじゃなかった。



あたしは呼吸することも忘れて、一歩前へと踏み出した。



「これが……?」



小さな賽銭箱の周囲には小銭が落ちているが、それはあたしが使った事のないものばかりだった。



しゃがみ込んで確認してみると和同開珎という文字を辛うじて読み取ることができて、絶句する。



遺跡で発掘されるほど昔のお金だ。



「いやいや、こんなの本物じゃないよね。きっとレプリカだよね」



自分にそう言い聞かせてあたしは神社へ視線を向けた。



周囲に手水舎も狛犬も標柱もなにもない。



ただそこに、小さな拝殿が建っているだけだった。



本当にこれが神社……?



にわかには信じがたい光景だったけれど、どうせこれは夢なのだ。



夢なら非現実的なことがあっても不思議じゃないから、こういう縁結びの神社だってあるだろう。



そう思い直してあたしはスカートのポケットに手を入れた。



お賽銭にできるような小銭がないかと探したけれど、ポケットに入っていたのは今朝佐恵子にもらったオレンジのキャンディーだけだった。



手のひらに転がるキャンディーを見て落胆しそうになる。



「ごめんなさい。これしかないの」



あたしはそう言い、キャンディーを賽銭箱の上に置いた。



「だけどあたしの気持ちは本物! 素敵な彼氏が欲しい!」



あたしは大きな声でそう言い、参拝したのだった。

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