運命ノ黒イ糸

西羽咲 花月

第1話

「ごめん、俺たち別れよう」



高校に入学してすぐの頃から付き合っていた、大好きな彼氏に振られたのは2年に上がってすぐのことだった。



「え?」



あたしは、彼氏が言った言葉をうまく理解することができなくて、そう聞き返した。



昼休みの校内は騒がしいが、中庭にはあたしと彼氏の2人しかいなかった。



お弁当を食べ終えてぼんやりと青空を見上げていた時に言われた言葉だった。



あたしは視線を空から右隣に座っている彼氏へと移動させた。



彼氏はうつむき、ベンチの下を通る蟻の行列を見つめている。



「ねぇ、今、なんて言ったの?」



いつも通りの口調でそう聞いた時、突然彼氏が立ち上がった。



同時にあたしへ向けて頭を下げる。



「他に好きな子ができたんだ!」



彼氏のそんな告白は、青空へとよく響き渡ったのだった。


☆☆☆


2年1組に戻ってきてからも、あたしはまだ放心状態だった。



どうやってここまで戻って来たのか、どうやって自分の席に座ったのか記憶にない。



気が付けば自分の席に座って、机に突っ伏した状態だった。



頭はまだまだ混乱していて、彼氏に言われた言葉を受け止めることができていない。



好きな人ができた?



相手は誰?



いつ?



彼氏に聞きたいことはあったはずなのに、結局あたしは何一つ質問することはできなかった。



「ちょっと朱里、どうしたの?」



教室へ戻って来てからずっと机に突っ伏しているあたしを見て、友人の門倉佐恵子(カドクラ サエコ)が、あたし、天宮朱里(アマミヤ アカリ)へ向けて話しかけてきた。



佐恵子はどんぐりのような大きな目を不審そうに細めて、あたしの席の前に座った。



「佐恵子……」



佐恵子の顔を見た瞬間、目の奥がジンッと熱を帯びた。



彼氏に振られたという現実が、一気に押し寄せてくる、



「ちょっと朱里、どうしたの?」



一度あふれ出した涙は自分では止める事ができず、次々に流れ出す。



あたしはポケットからハンカチを取り出して、自分の目元を抑えた。



佐恵子にどうにか説明をしたいのに、言葉にならなくて嗚咽が漏れる。



教室内で泣いてしまうなんて、高校に入学して初めてのことだ。



そのくらい、彼氏のことが好きだったんだと改めて自覚した。



「ねぇ、本当に大丈夫? 保健室、行く?」



そう言われて、あたしは鼻をすすりあげて「行く」と、答えたのだった。


☆☆☆


5時間目が始まる前の保健室には、誰の姿もなかった。



先生もいないが、鍵が開けっぱなしになっていたからすぐに戻ってくるのだろう。



「とりあえずここに座って」



佐恵子がそう言って、あたしに丸椅子を差し出してくれた。



そこに座ると安堵感が襲って来て、余計に涙があふれ出して来る。



あたしの泣きっぷりを見て佐恵子もなにか感づいたようで、ずっとあたしの背中をさすってくれている。



「大丈夫?」



5分間ほど思いっきり泣いて顔を上げると、優しくほほ笑んだ佐恵子がいた。



「……別れた」



鼻声でそう言うと、佐恵子の表情が痛そうに歪む。



「そっか」



それだけ言って、またあたしの背中をさすった。



「好きな人ができたんだって」



「えぇ? カオル君、そんな風には見えなかったのにね……」



さっきまで彼氏だった人の名前を出されて、また胸がチクリと痛んだ。



「あたしも……彼女なのに……なにも気が付かなかった」



そう言うと、また涙があふれた。



あたしは彼女なのに、カオルのことをなにも見ていなかったのかもしれない。



少しも変化に気が付かずに今日まで来てしまった。



カオルの変化に気が付いていれば、こんな日は来なかったかもしれないのに。



そう思うと悔しくてたまらない。



「でもさ、新しい出会いのチャンスだよ」



佐恵子が、今度はあたしの手を握りしめてそう言って来た。



「新しい出会い……?」



相変わらずの鼻声でそう聞き返す。



「そうだよ! カオル君は運命の相手じゃなかっただけで、絶対にどこかにいるんだから!」



「運命の人が?」



「そうだよ!」



佐恵子はそう言いながら目を輝かせる。



あたしを慰めるために一生懸命になってくれているのがわかった。



でも、別れたばっかりで新しい出会いなんて考えられないし、運命の出会いなんて来ないんじゃないかと思えてしまう。



「そんなに沈んだ顔しないでよ。今日は沢山泣いても、明日になったらまた可愛い朱里に戻らないと! じゃないと運命の王子様に見つけてもらえないよ?」



『運命の王子様』



というセリフに思わず笑ってしまった。



そんな、おとぎ話みたいなことあるはずない。



それなのに、佐恵子は突然笑い出したあたしにキョトンとした表情になる。



どうやら本気で言っていたようだ。



涙を流しながら笑うあたしに、「さては信じてないんでしょ」と、佐恵子が頬をふくらませた。



「そんなことないよ。信じてる」



「本当に? 朱里にはいいこと教えてあげようと思ってたんだけど、運命の王子様の存在を信じていないなら、教えないでおこうかなぁ?」



そう言って含み笑いを浮かべる佐恵子。



「いいことってなに? 王子様を信じてるってば!」



あたしはそう言ってまた笑った。



いつの間にか涙は引っ込んでいる。



「聞きたい?」



佐恵子が体を前のめりにしてそう聞いてきた。



その目はキラキラと輝いている。



「聞きたい」



そんなに、好奇心に満ち溢れた表情をされれば、聞かないわけにはいかないだろう。



「この辺に強力な縁結びの神様がいるんだって」



内緒話をするように声を低くし、真剣な表情でそう言う佐恵子。



あたしは佐恵子の言葉に目をパチクリさせた。



「縁結びの神様?」



さっき佐恵子が言ったことをそのまま聞き返す。



この辺と言っても、そんな神様が祭ってある場所なんてきいたことがなかった。



「そうだよ。だけどね、そこの神社にたどり着ける人は滅多にいないんだって!」



「あぁ~。そういう都市伝説みたいなやつ?」



人気の神社なら、全国的に有名になっても不思議じゃない。



だけど、地元の神社はそこまで有名なものじゃなかった。



「違うって! その神社は実在するの!」



佐恵子は必死でそう言った。



「実在するなら、もっと人気になってるでしょ」



「それはそうかもしれないけどさぁ……」



佐恵子はそう言って黙り込んでしまった。



自分が知っている話に矛盾があると気が付いたようだ。



でも、佐恵子がそうやってあたしを元気づけてくれていることは、十分に伝わって来た。

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