第174話 ウィンターカップ予選⑤

 ——— 何時もの四人で外で弁当を食べていたら後ろから不意に「ちわーっす」と、男が突然声を掛けてきた。

 皆で一斉に振り向く。するとそこには一人の男が立っていた。

 ジャージには「市之倉」と書かれている。次の対戦相手だ。

 なんかのマンガみたいなワンシーンに私はちょっとワクワクしていたのだが……。


「新川学園の人達ですよね?」

「そうだけど」

「俺、市之倉工業の二年の田中っていいます」

「はぁ……ども」

「次の試合、よろしくお願いします」

「……よろしく」

「………それじゃあ」

「………」


 宗介と柳生君は、基本、他人には塩対応……と言うより、コミュニケーション能力が低い。

 知らない人との無駄な話、会話は好まない。

 というより、この二人がする会話も、たまに面倒臭がっているように見える時がある。でも、そうでは無いらしい。

 さっきの田中って人は最後は顔が引き攣っていた。

 多分、会話のキャッチボールをして、決勝戦でそれなりに「盛り上げようぜ!」的な会話を期待していたんだろう。

 この二人にそれを期待しても無理である。


「あいつ、準決勝で目立っていた7番の奴だな」

「だな」

「なんか……チャラ男だな」

「だったな」

「芹葉どう? ああいう男」


 柳生君は芹葉に何を聞いている?


「無理。って言うか、私に質問している事の意味は?」

「俺の方がカッコいいだろ? って確認」

「バカ。カッコいいに決ってるでしょ」

「ならいい」


 私はニヤッとして宗介に聞いた。


「宗介は私に聞かないの?」

「聞くだけ無駄だ」

「だな」


 私はそう答えて、宗介の腕にしがみついて、顔を擦りつけてマーキングした。


 さあ! 決勝戦の開始だ! ———



 ※  ※  ※



 ——— 決勝戦が始まり第1クォーターも既に五分が経過した。

 対戦相手は「市之倉工業」。本大会優勝常連校だ。

 点差はほぼ無し。取られたら取り返す。取り返したら取り返されるの繰り返しだ。


「しかし、俺の動きについて来れる奴がいるとは思わなかったよ」

「…………」


 相手はお喋りが好きらしい。

 さっきから、チョイチョイ話しかけてくる。

 会場では、俺か田中7番と名乗った男がボールを手にする度に歓声が大きくなった。


「また、7番同士のマッチアップだ!」

「ボールの動きがわかんねー!」

「どうしてあんなに早く動ける!」


 田中は俺と身長体格がほぼ同じだ。

 身長は向こうが少し大きいくらいだろうか。

 ただ、ジャンプ力は俺の方が高いので、高さは互角だ。

 ボールのキープ力、スピードはほぼ互角。

 ディフェンスも互いに互角だ。


 ——— こいつと俺の違いは……。


 第1クォーターが終了した。


「宗介どうだ?行けそうか?」

「まあ、何とかなりますけど……」

「どうした?」

「正直、モチベーションが上がらないんですよ」

「確かに宗介、動きにキレが無い」


 翠が後ろから声を掛けてきた。


「やっぱり分かるか?」

「見てて全然ワクワクしない」

「原因は分かってるから第4クォーターまでこのまま行くよ」

「何だ? 随分勿体ぶるな」

「多分、向こうの7番……と言うより、相手全員、勘違いしてるんですよ。ウチのチームの事。ウチもちょっと勘違いしてるようですけどね」


「それはどう言う意味だ」

「今はまだ言いません。それまで温存です。今、気付かれると対策練られるんで、動き始めるなら第4クォーターからが効果的です」


「分かった。宗介がそう言うなら、このままで行こう」


 ——— ゲームが再開された。

 しかし田中は本当によく喋る奴だ。


「お前との勝負は楽しくてたまんねーよ」

「そりゃどうも」

「お前も楽しいって感じねーか?」

「悪りぃが、全然感じん」

「そうか、俺はテンション駄々上がりだぞ! このまま行かせてもらうからな!」


 田中はギアを上げたように動きにキレが出てきた。

 ただ、俺はその動きについて行けないわけでは無い。


 ——— 第3クォーターが終了した。


 市之倉が4点差でリードしている。


「宗介、さっき言ってたお前がモチベーション上がらない理由って何だ?」

「簡単ですよ。流星です」

「柳生? …………あー、そうか!」


 部長も気付いたようだ。


「へ? 俺?」

「お前だ。確かに俺もワクワクしてない」

「ん? おー、柳生だな」

「確かに柳生だ」

「俺が? 何?」


 流星以外、チーム全員が気付いたようだ。


「何の事はない。このチームは柳生、お前のチームなんだよ」


 部長が流星の肩を叩く。


「俺のチーム……ですか……」

「あっちの7番の動きと真壁に似てるもんで俺達も勘違いしてたよ」


 部長の顔が一気に明るくなった。


「市之倉は7番のワンマンチームだ。7番にボールが渡って初めて機能するチームだ」


 市之倉は7番をが攻め、周りがフォローするというスタイルだ。


「俺達は7番に対抗するには宗介だって思って、宗介にボールを集めてたけど、うちは流星、お前にボールが渡って初めて機能するチームなんだよ」

「そうです。先にそれ出すと対策練られるんで、最後まで温存という事で黙ってました。第4クォーターは流星にボールを集めて下さい」


 ——— 第4クォーターが始まった。


 新川ボールでスタートだ。

 さっきまでと全然展開が違う。

 第3クォーター迄はスピード重視で、俺にパスが来て、一気に切り込むと言った感じだったが、今は、流星がボールを持って、パスを回しながらゆっくり敵陣へ上がっていってる。

 いつもの展開だ。

 ワクワクして来た。このあと、どんなパスが来るんだろう。

 田中が俺に話しかけて来た。


「何だ? さっきまでと攻め方違うけどどうしたんだ?」

「さっき迄がいつもと違ったんだよ」


 俺は瞬間、マークを外した。

 流星はそれを見逃さなかった。

 流星はゴール目掛けて優しく投げた。

 俺はジャンプし———


 ——— “ガシャッ!„


「おおおおおおおぉぉぉぉ——— !」

「遂に出たぞ! 新川7番のアーリーだ!」

「市之倉7番置き去りだー!」


 ここからは、新川主導で…いや、流星が主導でゲームが進んだ。

 チーム全員が流星の駒となって動く。

 第3クォーター迄とは全く別のチームになっていた。

 全員が試合を楽しんでいる。今迄で1番いい動きをしてたんじゃないか?

 そして、試合は 140対118 で新川勝利で終了した。


「おっしゃっ——— !」

「勝ったぞ———!」


 全員センターサークルへいつもと同じように並び、礼をして普通にベンチに戻った。


 戻った俺達に翠が一言。









「優勝だよ?」









「「「「「あ……」」」」」









 俺を含め、全員、決勝戦という事をすっかり忘れていた。

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