第166話 クラスマッチで幻の男現る⑥

 ——— クラスマッチが終わり着替えて教室に戻ってきた。


 教室の戸を開けると、既に教室に戻っていた奴らが一斉に俺を見て騒ついた。

 体育館に居なかった奴は俺の試合を見ていた奴らから話は聞いていたようで、俺の方をマジマジ見る。


 俺は黙って席に着くと、女子が数人俺のところ寄って来た。

 

「髪、下ろしちゃったんだ?」

「あぁ、こっちの方が落ち着く」

「そう……なんだ……あの……バスケの試合……凄くカッコよかった」

「あぁ……ありがと」

「でさ、あの時いた……メガネの女の子って」


 そっちに話が行ったか……幸運にも、昨日翠は暴露してたから答えに困る事は無かった。


「ん? 彼女だけど」

「彼女って?」

「俺がお付き合いしている子」

「え? あの子が彼女なの?」

「毎日一緒に登下校してるし、昼休みも毎日一緒にいたけど……知らなかった?」

「そ、そうだったんだ……ふーん……へー……」


 そう言い残し、バツが悪そうな感じでこの場を去っていった。何がしたかったんだ?

 今度は違う奴が俺の所に来た。


「真壁、さっき聞いたけどお前がこの写真の男なのか?」

「あぁ、俺だな」

「そうか……ありがと」


 男は確認だけして去って行った。

 俺と翠が付き合ってる事は内緒にしてたが、いつも一緒にいた事に気付いていた奴は居ないに等しいほど少数だ。それだけ今まで目立たずに過ごしてきた証拠でもある。

 遠巻きにヒソヒソと声が聞こえる。正直ちょっと不快だ。

 日頃俺は流星としか話をしない男というレッテルが俺に声を掛け難くしていた。

 声を掛けられるには鬱陶しいと思って居たが、この場合、声を掛けられずヒソヒソされる方が鬱陶しいって事に気付いた。これだったら話し掛けて来てくれた方がマシだ。

 そして、徐々に人が戻ってきた。流星も戻ってきた。



 ※  ※  ※



 私と滝沢さんが教室に入ると、既に教室に戻ってきている子が何人かいた。

 私は黙って自分の席に座った。

 滝沢さんも自分の席に着いている。

 ヒソヒソとした話し声がかなり多い。聞き耳を立てると、やはり私と宗介の話をしているようだ。

 少ししてギャルっぽい様相の子が一人、私に話しかけてきた。

 カーストグループの子だ。


「ね、さっきバスケの試合であんたあのイケメンの事、彼氏だって言ってたようだけど、それマジなの?」

「うん」

「付き合ってるなら、あの顔も知ってたんでしょ?」

「勿論」

「意味分かんないんだけど、何で顔隠してたの?」

「それは本人に聞いて」

「私はあんたに聞いてんだけど」

「その理由を話していいって、彼に言われていないから私の口からは言えない」

「だから何でアンタみたいなのが彼女なのかって聞いてんだよ!」

「それも彼に聞いて。正直、私も知りたい」


 ちょっと煽ってみた。

 彼女は熱くなる。私は冷静に淡々と言葉を返す。

 この冷静さが逆に煽りになっている……ごめん。態と煽るように返事してた。


「ふざけてんじゃ無いよ! どう見ても、アンタなんかより私の方が上でしょ!」

「それ決めるのは宗介だよ。私でもないし、アンタでもない」

「って言うか、あんた最近、深川さんとか江藤さんと馴れ馴れしくしてるけど何なの?」


 今度は話しを変えてきた。


「え? 友達……って言うか、んー……親友?」

「はぁ? 意味分かんない。何であんたみたいな奴が彼女らと親友になれるんだよ!」

「うーん……――― 何でだろ?」


 どうしてこの手の女って、事あるごとに「意味分かんない」って言うんだろ? 意味分かんない。


「翠、ありがとう。私達のこと親友って思っててくれたんだ。――― でも、悔しいな。いつも翠には先行かれちゃう」


 芹葉が戻って来た。来羅も一緒に入って来ている。アンタ教室隣でしょ? ま、私の事が心配になって来たってのは目に見えるけどね。

 二人は私の両側に立って肩に手を乗せた。

 来羅は意味も無く、私のほっぺをツンツンしてる。ちょっと気持ちいい。


 ―――そして来羅が口を開いた。


「一つ勘違いしてるようだから教えるね。こう言う言い方すると、翠に怒られちゃうからあんまり言いたく無いけど、あんたが好きなカーストランク、この子がランク一位だから」

「来羅、その言い方 きらーい」


 怒ってないよという感じで、ちょっとふざけた反応をしてみた。


「ごめん翠、でもこうでも言わないと、この子らしつこいでしょ?」

「いや、そんな言い方されると、矛先私に向いちゃうから。」

「ゴメン、そうだね。あー、今の無しね。無し無し」


 来羅はそう言って周りに手を振って否定を示した。


「ダメだよ来羅、翠困らせちゃ」

「いいよ、来羅も私を思って言った事だろうし。許す許す」

「うーん、だから翠好きー」

「ぐるじい……」


 来羅は私の頭を胸に抱えた。

 私達のやりとりを目の前で見ていたギャル子は、目が点になって固まっていた。



 ※  ※  ※



 教室に流星が戻ってきた。


「何だ、髪は戻すのか」

「あぁ、ジロジロ見られるからな……まぁ、今でも見られてっけど」

あっち桜木はどうするんだ?」

あっち桜木はまだだってさ」

「そうか。俺的にはちょっと残念な気分だな」

「向こうも何か企んでいるようだったから、暫く様子見だ」


 すると一人の女子が俺と流星の間に立った。


「ねぇ、ちょっといい?」

「何?」

「柳生君は、真壁君と中学時代に顔合わせてたんだよね?」

「あぁ」

「柳生君は真壁君のこの顔知ってたって事だよね?」

「あぁ、知ってた」


 すると女子は俺達にスマートフォンに映した画像を見せてきた。


「これ、真壁君だよね」

「だな」

「じゃあさ、この女の子って……誰? さっきの彼女とは全然違うみたいだし……」


 彼女は、スマートフォンの画面に映ってる素顔の翠を指差した。

 俺と流星は顔を合わせ、そして、彼女の方を向き、同時に答えた。


「「言えない。」」



※  ※  ※



 私達三人のコント(?)に呆れたギャル子はこの場を離れた。

 そして、今度は違う子がスマートフォン片手に話しかけてきた。


「深川さんって、柳生君と付き合ってんでしょ?」

「そうだよ」

「桜木さんはあの……真壁君? と付き合ってんだよね?」

「そだよ」

「最近、毎日四人でお昼ご飯食べてるよね?」

「うん」

「じゃあさ……この写真……」


 彼女はスマートフォンに写真を出し、一人一人写ってる人に指を差す。


「柳生君、深川さん、そして真壁君……だよね?」

「うん」

「じゃぁさ、この真壁君の隣にいるこの女の子……この子って……誰? 真壁君の浮気相手と深川さん達が仲良くするとも思えないし……」


 彼女はスマートフォンに映る私の素顔の写真を指差している。

 写真の子が私だとは到底結びつかない。何しろ、日頃ウィッグを付けて学校に来る生徒なんて居ないっていう先入観はまず消えない。

 私と芹葉は顔を合わせ、そして、彼女の方を向き、同時に答えた。


「「言えない」」


 ちょっと苦しい答えだけど今言えるのはここまでだ。

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