第158話 全国大会……そして伝説へ②
開会式前の待ち時間だ。
去年同様、皆、こっちを見ている。
チームメイトに何やら説明している感じの子は、去年、私達を見掛けている子だろう。
すると、『グリーンモンスター』の異名を持つ、谷坂中の緑色のユニフォームが見えた。皆で移動中のようだ。
「奈々菜ちゃん藍ちゃん久しぶりー♪」
「緋色ちゃん♪ 久しぶりって二週間前に会ったじゃん」
「ははは、『久しぶり』なんて常套句だよ」
「ふふふ、確かに。今年も優勝出来るかな?」
「さぁね。奈々菜ちゃんこそ今年は優勝出来るんじゃ無い?」
「へへへ、今年は自信あるんだ。なんせ、心強い人が一緒なんだよ」
「何? 去年のお盆時みたくまた何か内緒にしてたの? もしかして彼氏でも連れて来た?」
「へへへぇ……」
「え? マジなの?」
「そこにいるよ」
私達から少し離れたところで翔馬と廉斗君はラケットを手にボールをポンポン軽くお手玉みたくダイレクトに打ち合っている。
「どっちがそうなの?」
「メガネが藍ちゃんの彼氏で、じゃ無い方が私の彼氏」
「へ? 二人の彼氏なの? ユニフォーム着てるって事は……」
「試合に出るよ」
「マジで? 個人戦だよね? カップルで優勝しちゃったの?」
「うん」
「ひぇー、なんか凄いね」
私は翔馬達を呼んで、緋色ちゃんに紹介した。
そして情報交換して緋色ちゃんはこの場を去った。
すると今度は真っ赤なユニフォームの子達が声を掛けてきた。
「桜木さん久しぶり」
藍の元の中学、森北中の子達だ。今年も出場出来たようだ。
藍は丁度廉斗君と飲み物を分け合っていた。と言うか飲み回していた。
「あ、久しぶりだね」
藍の目から光が消える。廉斗君も何となく察したようだ。珍しく名前を呼び捨てで呼ぶ。
「藍、誰?」
「前の中学の子達」
「桜木さんその人……」
「私の彼氏。一緒に県大会優勝したの」
「えー! 桜木さん彼氏いたの?」
「いるよ。去年の今頃は居なかったけど」
「御免なさい、なんか普通の男の子……だね」
「人間中身。外見なんて飾りだよ。ほら、そっちにも普通の形したカップルいるよ」
「外見なんて」って、まるでこの子達に言い聞かせてるように聞こえる。
藍は私達の方にも話を振る。
一応、見覚えのある顔が居たので挨拶はした。
「お久しぶりです」
「ども」
まぁ、挨拶すれば十分だよね。翔馬は『顎突き出し型会釈』をする。
因みに私が居た中学『川梨第一』は今年は来れなかったようだ。
「それじゃあ頑張ってね」
「ありがと」
森北中の子達は去って行った。
「結構ドライな対応だな」
「まぁね。六花見たら喜びそうだけど」
「ははは、確かに」
開会式が終わり、開始前の三十分、コート半分を使って四人で練習していた。
男子と女子が混ざっての練習は珍しいが、更に、翔馬一人に対して私達三人が野球で言うノックされてる感じで
一人十球打ったらボールを止める事なく交代を続けている。
その様子に周りがざわつき始めた。
「おい、あそこ見ろよ。例の双子、今年も来てるけど……男子も優勝したのか?」
「ゼッケンつけてるからそうなんだろうな」
「しかしさっきから誰もミスんねぇな」
「てか、あっちの奴、同じ場所に打ち返してねぇ?」
「…………ホントだ。ラケットの軌道がずっと同じだ」
「彼ら、県大会1ゲームも取られず優勝したらしいよ。うちの地方じゃ有名な話だよ」
「マジか? 普通ありえねぇだろ。全部ブレイクって……」
「つーか、あのメガネ、フォーム滅茶苦茶綺麗だな」
「しかも球速えぇよ。相方の方もよく打ち返せるよ……てか、あの球正確に返すって……」
「あれ? あの子左利きだったか?」
「いや、全員右だろ」
「……どう見ても左だよな?」
「だな……左だったっけ?」
翔馬とラリー……愛のラリーの時だけど、私も結構ボールコントロールがいい。翔馬的には素直なボールは練習にならないって事で、ある日『荒れたボール打ちたいから左で打ってくれるか?』って注文が入った。
翔馬のボールは同じ場所に返ってくるから、左手でもラケットに当てるだけなら簡単に打ち返せる。そんな練習を毎日してたら、筋肉の使い方と力の入れ方を覚えてしまい、何と! 左でも普通に打ち返せるようになったのだ。奈々菜ちゃん凄い! 但し、サーブは無理だけどね。
と言う事で、私の技からバックハンドが無くなったのだ。
※ ※ ※
「ね。ちょっとお願いあるんだけどいい?」
「こんなところに連れてきて一体なんだ?」
「えへへ、キス♡ んー♡」
「あぁ? お前、試合前に何言ってんだ」
「願掛け。成分補給。エネルギー充填。モチベも上がる。ね♡?」
「可愛く言えばしてくれると思って……しちゃうけどさ」
——— “チュッ♡„
「ウフ♡ 体力無限大♡」
「んじゃ頑張って」
「翔馬は要らないの?」
「今したろ」
「翔馬がね。私はしてない」
「どう違うんだ?」
「気持ちが違う。ほら、頭下げて」
——— “チュッ♡„
「どう?」
「…………確かに違うな」
「でしょ? 勝てそうでしょ?」
「まぁ、お釣りが出るな」
「ならヨシ! んじゃもう一回」
——— “チュッ♡„
「……全く、コソコソしてると思ったらアンタらも大概だね」
「あら? 見られてた」
「いつからそんなんなった?」
「うーん……いつだろうね?」
「知らん」
「奈々菜もエネルギー補充出来たみたいだし行くよ」
「なんだ藍も補充してんじゃん」
「当然! 知ってる? 『恋人』って書いて『エネルギー』若しくは『燃料』って読むんだよ。廉斗君は『プロテイン』って言っちゃってるけど」
「それは知ってた」
「んじゃ頑張ってな」
「翔馬もね」
※ ※ ※
——— 大会初日、今日の試合の全日程は終了した。私達のペアは、1セットも取られる事なくベスト8進出だ。
そして翔馬と廉斗君は、1ゲームも取られる事なくベスト8へ進出した。
会場は男子女子共に異様な空気に包まれていた。
「奈々菜ちゃん藍ちゃんお疲れ。奈々菜ちゃん何あれ。何で左で打てんの?」
「へへっ、彼氏と練習してたら出来るようになっちゃった」
「なんか凄い騒がれてたよ」
「うん、気付いてた」
「藍ちゃんもオールラウンダーって凄いね」
「私も彼氏と打ち合ってたら後衛も普通にパワフルになっちゃって……あはは」
「なんか死角無しだね。それよりも彼氏さん達バケモノ? 1ゲームも落としてないって」
「凄いでしょ? 去年の新人戦デビューしてからずっとだよ」
「ハァ? 今まで負け無し以前に0ゲームなの?」
「うん。凄いでしょ?」
「脱帽だね」
※ ※ ※
——— そして二日目。
私と藍は最後まで1セットも落とす事なく優勝した。
翔馬と廉斗君は1ゲームも落とさず優勝した。この優勝はその後伝説として語り継がれる事になるのだが、来年高等部に上がる私達はそんな話は知る由もなく ——— 。
——— そして私達の中学時代の……いや、ソフトテニスそのものの幕は閉じた。
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