第157話 全国大会……そして伝説へ①

 今、ソフトテニスの全国大会に来ていた。

 今年は去年よりも遠い地での開催だ。勿論、前泊で乗り込んでいる。今日から二泊、翔馬と一緒だ。

 夜はこっそり廉斗君と部屋、入れ替わるのも良いかもしれない♡ なんて計画を練っていたら先生が二人付いて来た。

 試合のコーチングに一人付けられるが。試合途中で入るのはNGだ。試合時間が被ったらコーチング出来なくなるって事で二人来たんだけど……男の先生と女の先生で流石に部屋を一緒に出来ず……それぞれ男子部屋と女子部屋に分かれ一部屋三人の二部屋となった。

 

 私達が宿泊しているのは旅館だ。今回の会場は温泉場が近く、運営側で準備した宿が温泉旅館という、自分達が入りたくてここの宿を設定したんじゃないか? って、皆ご満悦だったりする。ついでに宿泊料金は自腹だ。ただ、大会で補助金を出すので若干お安くなっている。


 ——— そして時間は早くも夜だ。


 夕食を済ませ、温泉に入って来た。

 私と藍はジャージ(夏バージョン)姿で翔馬達の部屋に上がり込んだ。


「清水先生、内藤先生呼んでましたよ」

「なんだろ? お前ら、部屋からあんまり出るなよ」

「はーい」


 内藤先生は女子部の顧問だ。そして日頃から清水先生を狙っている空気は出しまくっていた。

 私達は内藤先生に申し出て、一時的だが部屋を取り替える事に成功した。


「いやー、温泉最高だな」

「混浴あったらな……翔馬と一緒に入れたのに」

「無理無理。そんな一緒に入ったら……」

「入ったら?」

「……いや、なんでもないです」


 そう言いながらの両手を股の間に挟んで縮こまる。

 散々水着で半裸見せ合ってんだし、恥ずかしがる事ないのにな。


「ね、翔馬、ジュース買って来ない?」

「いいよ。廉斗達は? 買ってくるぞ」

「じゃあ僕はレモン水な奴」

「私は奈々菜と同じでいいよ」

「分かった」


 私と翔馬はジュースを買いに部屋を出た。

 因みにこの部屋の扉はオートロックでは無い。

 『ドア』では無いのがポイントだ。


「いい旅館だよね」

「老舗感があるよな」


 昔ながらの木造建築で廊下の天井も低い。

 この旅館には個人戦のみ出場の学校が四校入っているって話だ。

 通路を歩いていると向いからきた男子二人が目の前からやって来た。


「あの……すみません。個人戦に出る方ですよね?」


 声を掛けて来たのは男子だ。一人は後ろに立って私をマジマジ見ている。ちょっと不快だな。


「はい」

「ちょっと聞いてもいいですか?」

「答えられる事なら……何ですか?」

「いや、この宿って個人戦の出場者しかいないって聞いてたんだけど、何で男女ペアで歩いてんのかなって……」


 男女一緒に出場する学校はウチだけだ。男女で通路を歩いていたら確かに不自然だ。


「あー……そっか、うちの県、個人戦は男女共うちの学校優勝したんだよ」

「へぇー、凄いですね。良かったら学校教えてくれませんか?」

「M県の新山学園。そっちは?」


 翔馬は不機嫌な感じで答える。私への視線にイライラしてんのかな?


「何だ、隣の県か。俺らはY県の凛城りんじょう中。そう言えば、噂で聞こえて来たけど0ゲーム優勝って……」

「彼の事だね」

「うわー……マジかよ……で、二人は彼氏彼女の関係?」


 私は翔馬の左手をずっと両手で握っていた。

 私は黙って頷いた。


「くっそー、ただでさえ彼女いるだけでもダメージ受けんのに、その上こんなに滅茶苦茶可愛かったら……なんか全てにおいて負けてんな……おい! せめて試合には勝つぞ!」

「おう!」

「それじゃあ! 対戦する時は宜しく!」


 自己完結して二人は去っていった。


「最近否定しないね」

「ん? 付き合ってるって話か?」

「うん」

「まぁ、結局俺の中の問題だからな。他人に言っても無駄って気付いた」

「それじゃあ、彼氏って認めたのかな?」

「いーや、まだ駄目だよ。全然足りない」

「欲張りだなぁ」

「御免な。今付き合ってるって括ってしまったら、そのうち圧に負けて将来隣に立ててる気がしない」

「離れても私がくっついて行くから大丈夫なんだけどね」

「だといいんだけどな」

「じゃあキスしよ」

「……はい?」

「キ・ス♡」

「そんな可愛く口突き出してもしないよ。それに話の脈絡が全然無い」

「脈絡なんて関係ないよ。私の事嫌い?」

「いや好きだけど」

「だったらいいじゃん」

「今したらなんか俺の決意みたいなのが……」

「キスは付き合ってるからするんじゃなくて、好きだからするの。だから翔馬の決意は全然関係無い」

「えー……確かにそうだけどさ」

「ちょっと女の子に恥かかせんの? ほら、待ってんだけど」

「分かったよ……」


 ——— “チュッ♡„

 

 やった♡ 遂にキスした。チューした。一回で良かった。この一回が欲しかった。あとはいつでもやりたい放題だ。


 私はハニカミながら翔馬を見る。

 翔馬は普通に素の顔だ。動揺している感じも無い。ただ、何となくキョトンとした表情だ。

 すると、翔馬は右手を私の後頭部に回して私の顔を引き寄せた。同時に翔馬の顔が私の顔に降りて来た。気付けばもう一度唇が……♡ 嬉しい想定外だ♡

 今度は長い。翔馬の唇が私の唇を食べてる感じに丁寧に吸って来る。私もそれに合わせて唇を動かす。

 なんか手慣れた感じだけどリードされてる感じでいい♡

 数十秒……いや、一分もしていたんだろうか? 分からない。頭がボーっとしてきた。


 ——— そして翔馬の唇が離れた。



 ※  ※  ※



 突然、何の脈絡もなく奈々菜がキスをせがんで来た。

 今まで口では『しよ♡』なんて可愛らしく言ってはいたが、態度まで示したのは初めてだ。

 目を閉じて優しく口を突き出している。かなり可愛い。取り敢えず心のスチルフォルダに保存はした。


「キスは付き合ったらするもんじゃなくて、好きだからするの。だから翔馬の決意は全然関係無い」


 奈々菜の一言が俺の思いを揺さぶる。

 正直、奈々菜とキスしたいと思っている。

 最近では好きが止まらず俺から抱きつく時もある。それを奈々菜は黙って受け入れてくれる。

 そこまでしてるし、俺の行動は許されている。だったらキスする事は自然の行為か?


「ちょっと女の子に恥かかせんの? 待ってんだけど」


 四の五の考えてる内に、奈々菜がちょっと怒り始めた。確かにこのままは恥をかかせる事になる。それは流石の俺も気が引けた。


 ——— 唇が少し触れれば納得するかな?


 俺は軽い気持ちで奈々菜の唇に唇で触れた。

 柔らかく、そして少し濡れた感触があった。

 触れたのは一瞬だ。

 すぐ唇を離したが、奈々菜は明らかに感激な面持ちで俺を見つめる。ただ、奈々菜の想いとは裏腹に俺の中では何かが白けていた。


 ——— こんなもんでいいのか? 奈々菜は喜んでるけど、俺の本当の気持ちってのはちゃんと奈々菜に届いてんのか?


 俺は奈々菜をジッと見た……俺は普段から奈々菜に俺の気持ちをちゃんと態度で示せてるのか?

 そう思ったら、あとは体が勝手に動いていた。

 そして満足するまで唇を重ね、そして離れる。


「ごめん、勝手に体が動いた」

「——— ♡」


 奈々菜の目は大きく見開き顔が真っ赤だ。ただ表情は笑顔で何と無く髪の毛が逆立った感じにブワッと上がった感じがした。

 そして俺に抱きつき顔を俺の胸に埋めた。


「ぶぁかぁー♡」


 流石の奈々菜も耐えられなかったようだ。



 ※  ※  ※



 翔馬にガッツリキスされた。

 ファーストキスは旅館の通路だ。

 場所なんてどうでもいい。

 シチュエーションなんてあんなの意味ない。

 誰としたかが重要だ。

 頭が真っ白になった。腰が抜けかけた。温泉に入ってないのに逆上のぼせるかと思った。


 ——— 私と翔馬はジュースを買って部屋に戻った。

 翔馬は扉のノブに手を掛けるが何かを察したように私を見て、人差し指を口にあてた。

 そして静かに扉を開け、静かに中に入ると、胡座をかく廉斗君の上に跨って座る藍の姿があった。

 藍は廉斗君の首に抱きついて頭がウニウニと動いていた。明らかにキスしてる。しかも慣れた感じだ。

 私は思わず咳払いをしてしまった。

 すると藍はそのままの姿勢で振り返り、悪びれる事も動じる事もなく私達を見る。


「あ、お帰り。遅かったけどチューでもしてた?」


 私と翔馬は呆れて言葉が出なかった。

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