第155話 夏祭り①

 ——— お盆は爺ちゃんちで過ごし既にこっちに帰って来ていた。特に変わった話もないので割愛だ。

 結局彼氏ーズは連れて行く事は無かった。

 ちょっと勝手が違うからな。


 で、今、街から大分離れた神社の夏祭りに向かっている。

 メンバーは俺と翠、流星と深川さんだ。

 一応、妹達と彼氏ーズも来ているが別行動だ。ただクリスマスの事もあったので帰りは合流して一緒に帰る事にしている。

 夏祭りだ。当然、翠と深川さんは浴衣だ。俺も浴衣で流星は甚平だ。

 既に目的の駅に着いている俺達は纏まって歩いているが、翠は下駄を履き慣れていない。なので俺にしがみつくようにして歩いている。多分、放っておけば逸れるパターンだ。

 流星と深川さんも珍しく……と言うか初めて手を繋いで歩いている。流石にこの人混みだ。歩き難い浴衣では逸れるのは必至だ。

 深川さんは照れながらも今迄見た事ない程ニコニコだ。


「な、何だよ! こっち見んな!」

「照れんなよ。あんまり早く歩くと深川さん転ぶぞ」

「わ、分かってるよ! ったくうるせぇなー」

「ふふふ……ふふふ……」


 深川さん、本当に嬉しいんだな。ずっと流星の顔見て笑顔のままだ。

 因みに今向かっている神社は

この神社は結構大きく、県内では有名という事だ。

 

 で、今日の装いだが、翠は名前のとおり翡翠色の浴衣を着ている。

 浴衣としては結構珍しい色なんじゃないだろうか?

 去年、実家で浴衣を着たのがキッカケで買ったそうだ。

 翠は顔を完全に出していた。ショートボブの短い髪は、右側の髪を後ろに流してバレッタで止めている。

 女の子って耳出すだけで印象変わるの何でだろ?


 深川さんは赤を基調とした柄だ。

 深川さんの髪について記述した記憶が無い気がしたが、髪はいつもポニーテールにしている。

 今日は、長い髪を三つ編みを編んで横に流している。ちょっと、うなじに目が行ってしまう。俺の好きな髪型だったりする。

 ついでに俺は浴衣で流星は甚平だ。

 

 かなりの人が出ている。この近くで大きめの花火大会もあると言う。来客の半分以上は花火大会の会場に向かっているようだ。

 

「翠は花火はいいのか?」

「うん。歩きながら見れればいいかな? それに会場混んでて立ち見でしょ? 同じ立つなら出店巡りした方が楽しい」

「翠らしいな」


 花火大会まではかなりの時間がある。結果的に花火見る事になる。要らぬ心配だった。

 神社に着くと、通路の両端に屋台が隙間なく並んでいる。


「さーて、どこから料理してやろーか?」


 流星はやたらと意気込んでいる。

 今日は、俺も翠も素の姿だ。通り過ぎる人皆が魅入っている状態だ。

 でも、今の俺達は魅入られる事は気にしなくなった。翠も時折、目が合った女の子へ笑顔で小さく手を振るなど、愛嬌を振りまいている。


 そんな感じで露店を眺めながら歩いていると、翠はある露店の前で立ち止まった。


 翠の目線の先を見ると、射的の景品をじっと見ている。

 暫く翠の様子を見ていると、少し表情が明るくなった。

 どうやら欲しい景品見つけたようだ。


「―――どれだ?」

「あれ」

「クマか」

「取れ!」


 「取れ」と命令し、俺に不適な笑みを向けて来た。


 クマ……クマのぬいぐるみ……と言うべきか、物は掌サイズで小さいが、キーホルダーになっている。

 ただ、キーホルダーが掌サイズって……デカ過ぎじゃね?


「おじさん。一回宜しく」

「あい、一回三百円ね」


 お金を払うと、コルクの玉を5個渡された。

 俺は手元の銃にコルクを装填し、狙いを定め引き金を引いた。


 ——— “ぱん!„


 優しい銃声と共にくまが後ろに落ちた。

 一発で仕留めた。

 普通、ここでムキになって何百円も使うもんなんだろうが、そんな展開お断りだ。


「翠、玉が4つ余ったけど、なんか別に欲しい物はあるか?」

「うーん……んじゃあれ。 ―――あ、今度は私にやらせて」


 翠はそう言うと、徐に銃にコルクを装填し、腕を伸ばして狙いを定めた。

 定めた先は犬のストラップだ。

 くまより全然小さい景品だ。


 ——— “ぱん!„


 優しい銃声と共に、ストラップが棚から落ちた。

 またまた景品ゲットだ。


「ッフンス!」


 翠は得意げになっている。

 残り三発。似たようなストラップがあったので、それも頂き玉は尽きた。


「1回に3個も景品持って行かれたのは初めてだよ」


 おじさんは嘆いていた。

 射的に夢中になっていると、流星達と逸れてしまっていた。ま、子供じゃ無いんだから別行動でも問題ないか。

 俺と翠は、お祭りデートを楽しんだ。


 ——— 二人で歩いてると、周りの視線はやはりこちらに向けられる。好意の視線だ。ただ、俺は翠がいるお陰でそれほど気にならない。

 翠も完全に克服している。相手の笑顔に笑顔で返している。

 ただ、時折聞こえるシャッター音。こればかりは気になってしまう。

 俺達に向けているものばかりじゃ無いと思うが、どうにも馴染めないでいた。

 今回は制服じゃないから出回る事は無いと思うが、写真が出回るといつも思う。 ——— 知ってどうする? と。

 最近は素顔制服デートなんかもして写真も撮られているが翠も開き直ってポーズを取るようになった。

 最近は個人情報に対する意識が高いお陰でSNSに出回らないだけマシと思おう。


 ――― 暫く歩くと次に目に付いたのは綿飴だ。しかし、屋台の綿飴は高い。

 ザラメ(砂糖)一握りが700円って。場所によっては1,000円なんてのも見たことがある。

 最近では、色付きのオシャレな綿飴屋の露店が街中にあったりするが、屋台で売ってる綿飴は無駄に高い。

 アニメキャラが描いている袋にお金を払っているのか?

 技術料込みにしても、無駄な買い物だ。


 そんな商品を俺達は1つ買った。


「宗介、写真撮ろ!」


 翠は綿飴を片手に持ち、反対の手で綿飴を指差し何かを訴えている。

 食べろって事らしい。


 俺と翠は一つの綿飴を一緒に食べる格好をして、自撮りした。

 スマホの画面に映る翠は上目遣いになっていて、何とも可愛い顔をしている。


「宗介なんか可愛い。えへへ」


 そう言って、翠は画面をジーッと眺めていた。

 俺からすれば翠の表情の方が全然可愛いと思うんだが……。


「すいー、真壁くーん」


 突然、背中から聞き慣れた声が聞こえた。

 振り向くと流星の顔が最初に見えた。デカいって便利だな。そして雑踏の隙間に深川さんが見え隠れする。


「あっちに金魚すくいが有ったから勝負しよーぜ」


 その言葉に翠の目が光った。いや『ピカった』

 流星は結構、勝負事が好きだがこの勝負はやる前からお前の負けだ。

 俺達四人は金魚すくいへ向かった。


「それじゃー、一番多くすくった奴の勝ちな」

「オッケー」

「なんだ桜木随分と余裕だな」

「ふふーん、勝負挑んだ事、後悔するがいい」

「あら、翠も自信あるの?」

「そう言う芹葉もなんかの余裕だな……気に入らん!」

「おじさん、これ、金魚最高何匹貰える?」

「掬ったの全部だよ」

「なら、掬ったと金魚は全部返すから安心して見てて」


 俺はおじさんに一言言い、其々に金を払い、皆んな一列になってポイを構えた。


「よーい……スタート!」


 と、流星の意味不明な号令と共に、金魚掬いが始まった。


 ―――開始数秒、


「ぐぁー。終わっちまったぞー」


 流星は一匹……一掬いで終わってしまったようだ。

 あれだけ自信ありげに勝負を挑んできたのに、無様である。


 俺も結構奮闘して5匹で打ち止めだ。

 翠の器に目をやると、既に真っ赤な物体がウニウニと蠢いていた。

 そして深川さんにも目を向けると……深川さんの器も翠同様、器の中で赤い物体が蠢いている。


 ありえない光景におじさんは目を丸くしていた。心筋梗塞で倒れないよな?

 二人は二つ目のお椀に金魚を、工場のライン生産の如く、次から次へとテンポ良く金魚を入れて行く姿がそこにあった―――。


 露店のおじさんは青ざめてた。良かった、金魚全部返すって言っといて。

 なんか騒がしくなってきたと思って振り向くと、とんでも無い人集りが出来ていた。

 そして二人のポイが同時に破れた時、拍手がおきた。

 金魚すくいで拍手を浴びた人を初めて見た。

 結局捕まえた金魚は……二十より先は数えて無かったようだ。

 取り敢えず屋台のおじさんはホッとしたようだ。


 小腹が空き、屋台定番のリンゴ飴、チョコバナナ、焼きそば、たこ焼き、お好み焼きをそれぞれ買って、みんなでシェアした。

 ついでにチョコバナナを頬張りながら上目遣いで俺を見る翠は、純粋にエロかった。

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