第153話 いざ!野々白へ!⑥
男子のゲームが終わって、今度は女子が試合をしている。
女子はそれほど強く無いのだが県大会は毎年のように出場するレベルではあるらしい。
コート上では、深川さん、翠、そして真名さんと、二人いたOGのうちの一人がプレーしている。
もう一人はマネージャーだったようだ。ゲームには入っていない。
俺はブッチと話していた。
「さっきのゲーム、フェイクだけしか見せてなかったな」
「流石に中学生相手にトリッキー過ぎる事は出来ないよ」
「シュートだってスリー二本しか決めてないだろ?」
「まぁ、今日は後輩に教えるのが目的だし、やったところで、スリーのラインからしか入んないしね」
「そうなのか?」
「一歩前でもダメ。後ろでもダメ。あの距離からしか入んないんだわ」
「マジか。中学の時気付いてりゃ攻略もちょっと変わったのにな」
「ははは、バレずに済んだようだね。ついでに中入っても俺はレイアップは出来ない」
「はい? 確かに……そう言えば……無いな。見た事ない」
「俺さ、踏み切り足が右なんだよ。左足じゃ殆ど飛べない。手も左手じゃケツも拭けない程、超不器用なんだ。ボールが一切扱えないからスイッチもままならない。逆に右手は超器用だ。こんな事も簡単に出来る」
ブッチはボール掌と手の甲を這わせるようにボールをクルクル回す。そしてボールを軽く上げ、手の甲に乗せるとクルクルボールは回り、また軽く上げると人差し指にチョンと乗せボールを指の上でクルクル回す。
『レイアップシュート』は左足で踏み切り、右手を伸ばしてボールをリングに置いてくる感じのシュートだ。右足で踏み切るなら伸ばし腕は左になる。
ブッチは右足踏み切りで右利きなので体が上に伸び上がらない。
「器用だな」
「まぁね。あんまり俺の特徴教えちゃうと今度の大会で手の内見せることになるから内緒だな。と言っても真壁君は出ないからあんまり関係無いか」
「今度? ウィンターカップか」
「そう。ウィンターカップでも顔合わせると思うからその時までのお楽しみだね」
結局ブッチの技は盗めなかったが、目の前で繰り広げられる女子のゲームで面白い現象を目の当たりにした。
さっきから、真名さんがマークする女の子がリバウンドで気持ちよく跳べていないのだ。
実際、マークに当たられるとそうそう跳べるものでは無いが、見てると明らかに跳べていない。
彼女の身長は150㎝あるのか? って程小さいが、160㎝を超える子のリバウンドを抑えている。
「なぁ、ブッチの彼女何者だ?」
「空手家」
「空手? あの正拳突きはそう言うことか……いや、そうじゃなくて、さっきから彼女がマークする子、跳べてないんだが……」
「あれはね……跳ぶ時って少し
「屈むな」
「それを屈ませないんだよ」
「どうやって?」
「見てな」
俺は彼女の動きをよく見た。
リング下ではマークもそれ程強く当たっていない。寧ろフリーにさせている。
ボールがリングに弾かれた。
皆一斉の跳ぼうと屈む。真名さんはその瞬間、マークに付いていた子の懐に一瞬潜り込み、ジャンプへの準備を妨害していた。
「なんか凄い事やってんな」
「彼女、あんなロリっとした雰囲気で空手の有段者なんだよ」
「……ギャップ萌えだな」
「まぁ、正直嫌いじゃないけど、俺が彼女と付き合ってんのは半分……いや、八割は『
「……いいのかそれで?」
「実際、見ての通り俺には勿体無い程可愛いし、尽くしてくれるし、なんでも俺に合わせてくれるから逆に申し訳なくてね。断ると正拳突きが入るから申し訳ないと思いながらも彼女の言う事聞かないと……」
「……メンヘラ臭感じさせつつDVか……自分に対する行為を申し訳ないと思う事すら拒否されるって……もう『感謝』という感情しか出せないな」
「そうなんだよ。まぁ、実際、俺も感謝の意で彼女に尽くしちゃってんだけどね」
「話が逸れたな。それにしてもあんな瞬間的に妨害するって出来ねぇぞ」
「うん。流星は出来なかったね。俺は真壁君が知っての通りだと思う」
「そうか! 俺がブッチにやられてたのって」
「そう。あれだよ」
リング下では皆ポジション取りをしようと体をぶつけ合う。
そして一斉にボールに向かって跳ぶ訳だが、その際、その妨害を避けながら皆、瞬間的に
そこには『避けて屈む』という一連の流れがある。
ただ、その流れがただの『屈む』だけだと何抵抗も無く動作に移るが、そこに突然障害物が現れると、人は一瞬動きが止まる。
彼女は当たりはそれ程強くせず、相手に素直に屈ませ、そしてそれを瞬間的にやっていた。ただ、相手の呼吸、タイミングに合わせて、しかも一瞬、刹那の瞬間だけふと肩を相手の懐に入れるのは至難の業だ。
身長が小さいと言うのもあるのだろうが……、
「速いな」
「速いんだよ……って言うか、君の彼女も速くないか? さっき、男子混ざってるって勘違いしちゃったよ」
「実は俺も彼女のドライブ止められないんだ」
「それは凄いな」
「彼女に言わせれば俺ってディフェンス下手らしい」
「ハハッ、言うね」
「実際、妹の彼氏にも抜かれるからな」
「そりゃ、その彼氏が上手いんだろ」
「その彼氏……中学のソフトテニス部なんだ……」
「……それは凹むな」
「しかし、インターハイでも思ったけど、流星が彼女ってホント柄じゃないね」
「彼女、学園一の美少女の一人って言われてんだ」
「ん? 『美少女の一人』? 何人もいるの?」
「四人いる」
「それって『学園一』じゃないじゃん」
※ ※ ※
試合が終わって宗介がタオルと飲み物を私にくれた。
「お疲れ。いい汗かいたようだな」
「うん。久々に普通のバスケやったね」
「そうだよな。よくよく考えたらオールコートって久しぶりだわ」
「いいな……なんかこうして母校に足運んで後輩達と一緒にプレーするって」
「俺達には……無いんだな」
「だね……」
後輩達と語り合う柳生君達OBを見て、私と宗介は感慨に浸った。
すると宗介は柳生君に呼ばれて向こうへ行ってしまった。
真名さんは私と芹葉に柳生君の近況を伺う。
「そう言えば……柳生ってあっちの学校ではどうなの?」
「うーん……まんまですよ多分。友達は真壁君だけと言ってもいいくらい誰も居ないですね」
「ふふふ、相変わらずだな。中学の時は樹しか友達らしいの居なかったんだよ」
「へー、今と全然変わんないですね」
「そう言えば、そっちの高校って進学校でしょ? 柳生、やっていけてんの?」
「まぁ、普通に受験して入学してるからそれなり……そうそう! 実は、休み前の中間テストで、学年八位になったんです」
「……ん? なんか今、桁の足りない数字が聞こえたんだけど……」
「はい。八位です八位」
「八位? アイツが?」
「凄いですよね」
「……今日ってエイプリルフール?」
「ふふふ、やっぱり信じられないですよね?」
「信じるポイント教えて」
「……無いですね」
「芹葉、自分の彼氏そんな言ったらダメじゃん」
「えー、んじゃ、翠、言える?」
「…………言えない」
「ははは、貴女達も酷いね」
「まぁ、彼の日頃の行いと言うか行動考えたらそうなりますよ」
「で、どんな裏技使ったの?」
「彼です。流星君唯一の友達。真壁君が流星君に勉強のノウハウを教えたんです」
「彼が? 凄いね」
「私達もビックリしました。なんせ、高校模試、聡明義塾学舎に判定A+だったらしいです」
「ハァ? あの高校に判定A+って、もう普通の高校行く必要無いじゃん!」
「彼、テストは毎回満点です」
「はー……顔ヨシ、頭ヨシ、運動神経ヨシって……隣に立つ君も大概だね」
「実際、翠ちゃんも真壁君と付き合い始めて満点取るようになっちゃったし、私も取れるようになっちゃったし……その内流星君も取れるんじゃ無いかな?」
「あんたら揃いも揃って……」
「そう言えば、流星君の中学時代の話、教えてくれませんか?」
「ふっふっふっ、聞かれなくても教えるよ……そうだね ———」
——— 真名さんから柳生君の昔話を聞いてご満悦の深川さんだ。揺すれるネタも幾つか仕入れたようだ。
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