第149話 いざ!野々白へ!②

 流星の住んでいた最寄りの大きな街に立ち寄っている。そして俺達は県の有名ラーメン店で並んでいた。


 ——— 二十分程経ち、俺達も入店した。

 店内は無機質な何の飾りっけも無い空間で、メニューが壁に貼られ、あとはカウンターテーブルがあるだけだ。

 カウンターも十五人も座れるのだろうか? 床もコンクリートで、特に『老舗のラーメン屋』という雰囲気はない。

 従業員は大将含め四人だ。

 偶々案内された場所はカウンターの一番奥で、四人並んで座れた。翠が一番奥に座り、俺、深川さん、流星の順で座った。

 本来、俺と流星が並ぶのが筋なんだろうが、「深川さんを見知らぬ男の隣に置きたくない」という、流星の意外な嫉妬がそこに現れた。


「お前、結構ヤキモチ妬きだな」

「芹葉が嫌なんじゃないかと思ってよ」

「確かにそれはあるな」


 流星は深川さんに対してはこういう気遣いが出来る男である。

 しかし一番奥に案内されたのはラッキーだった。

 俺と翠はこういう場では一番人目に付かない場所に座る。じゃないと、偶に客か店員が俺らの顔を見て何かやらかすからだ。

 こういう場合、翠を一番奥に座らせる。女ってのは綺麗な物、可愛い物その物を手にしたい欲求が男よりも全然強い。男は『異性で』そういう子を手元に置きたいとは思うが、同性だと同性愛者を除いてそういう感情は殆ど無い。

 なので、同性の見惚れ方が俺と翠とじゃレベルが違う。なので翠は人目に極力付かないようにさせている。

 そして今、俺と翠は帽子を被ったままだ。室内で帽子を被るのは余り行儀の良い行為では無いが、そこは今は勘弁して欲しい。勿論、食べる時は帽子を取る。

 深川さんは物珍しそうに店内をキョロキョロしていた。

 流星がこの場を仕切る。


「オススメで良いな。宗介大盛りで良いだろ?」

「勿論!」

「あ、私も」

「桜木お前、何気に食うよな?」

「えへへ……だって美味しいもの沢山食べたいじゃん」

「芹葉は普通だろ?」

「うん」

「すんませーん ———」


 注文したラーメンは『特製醤油ラーメン煮豚倍盛り』だ。煮豚が多めで深川さんは全部食えなさそうだが、俺ら三人でフォローは十分出来る。



 ※  ※  ※



「お待ちどう様です。特製醤油ラーメン煮豚倍盛りの大盛り三つと普通盛りです」


 ラーメンが来た。

 俺と翠は帽子を取ると、するとカウンター向こうの大将と一人の店員が俺達に見惚れる。

 俺と翠は一番奥に座ったので店員も気付かなければ目に入らない位置なのだが、様子のおかしい店員に気付いた他の店員も俺らに気付いて見惚れ固まり、結局全員固まった。


「すみませーん」

「……え? あ、はい ———」


 他の客の呼ぶ声に店員は皆我に返った。


「美味しそう!」


 翠は箸を取りレンゲを左手に持ち “ズズッ„ っとスープを啜る。俺と流星も音を立てて啜る。

 その様子を見た深川さんは「え?」っと小さく声を上げて驚き、そして俺達に囁く。


「他のお客さんにもさっきから思ってたけど、そんな音出して端ないよ」

「ん? 日本の麺類は音を出して食べるべし!」

「“ズズッーッ„ モグモグ……ンプァー♪ そ。空気を含んで啜るべし!」


 翠はメガネを曇らせ麺を啜りながら話す。季節は夏だ。メガネはそれ程長い時間曇らない。

 その言葉に俺も声を乗せる。


「ラーメンは熱が命。熱い麺を冷ましつつ、空気を多く口に取り込んむとスープの香りが口の中から鼻腔に伝わり美味しさが倍増する。結果、音が出る。ズズー……」

「芹葉もやってみ」

「うん……」


 流星に促され、深川さんはレンゲでスープを飲むが、これは流石に啜れない。まぁ、普通にフレンチのスープと同じだからな。

 そして麺を箸で摘み、口に入れ……啜らない。

 端で摘んで口へ次々運んでいく。そして、


「ダメ。私には無理。」

「だよなー。音に関しちゃマナーは外国人はかなり煩いだろ? やっぱこの食い方は抵抗あるらしい。ただ、美味いから好きな人も多いんだと」

「ま、美味しければそれでヨシ! ズズー……」

「レンゲに麺乗せて食べる方法もあるよ。これなら音も出ずに美味しく頂ける」

「なるほど……」


 深川さんは橋で麺を摘み、レンゲにクルクルっと乗せて口に運んだ。



 ※  ※  ※



「——— ごちそうさまでしたー」


 食べ終わって店を出る。

 深川さんは煮豚を少し残してしまったが、それは流星が全部食べた。


「いやー美味かった。久々に食ったよ」

「うん。美味しかったー♪ スープも煮豚も美味しかった」

「私はやっぱりラーメン無理だ……」

「何で?」

「音がどうしても気になっちゃって……」

「まぁ、分からんでも無いな。例えば、翠はあの啜る音聞いて『美味しそう』って思う派だ」

「正解」

「流星は、余りそうは思わない派」

「だな」

「で、俺は汁物そのものが好きじゃない。実はラーメンもそんなに好きじゃない」

「え? そうだったの?」


 翠が驚く。


「嫌いって訳じゃ無いぞ。まぁ、鍋なんかも苦手だな」

「知らなかったー。そう言えば、宗介の口から『ラーメン食べたい』って聞いた事ないや」

「出れば普通に食べる。ただ、自分からは求めない」

「なるほど……皆、こぞって『ラーメン旨い』って言うから、そんなもんだと思ってたけどそうでもないんだ」


 店を出て何と無く歩いている。何処に向かってんだ? 


「で、ドコ向かってんだ?」

「駅だ。正直、あっちの街みたく、店並んでる訳じゃねぇから詰まんねぇんだよ」

「確かに。パッと見、気になる通りとか見えないね」

「デパートなんて、入ってる店舗は違えどそんなに変わり映えのする店なんてねぇしな」

「それじゃあ、別荘に向かってレッツゴー!」



 ※  ※  ※



 ——— 俺達は大型スーパーに立ち寄っていた。

 此処は流星の住む街の外れで、流星もよく利用していた……と言うより親の買い物に付き合わされた店だそうだ。

 俺がカートを持ち、隣には翠が右に左にウロウロして商品を手に取っては燥いでいる。

 そして流星と深川さんが並んでカートの前を歩く。


「いやー、柳生君の家に寄るとは思わなかったよ」

「俺は芹葉の別荘がこっちだとは思わなかったよ。ついでに家の様子も見れたし明日は少し余裕が出来たな」


 此処に来る途中、野々白を通過する事を知り、途中、流星の家に立ち寄った。

 これと言って変わった話もないので割愛するが、住宅街のど真ん中でごく一般的な大きさの家である事と、深川さんが偉く感動してたくらいだ。

 

「なんかご当地商品多くない?」

「あぁ、街中歩くより全然楽しいかもな」


 俺は一つの商品に目が行った。


「な……何だこの牛乳パックに入ったチーズは⁈」

「すごーい♪ こっちには『コーヒーゼリー』って書いてる」

「うぉ! こっちは杏仁豆腐だ!」

「おー、此処は業務用のコーナーだな」

「何だって⁈ 業務用って事は……」

「ファミレスとかでも出してる奴だな」

「何と! 態々わざわざファミレスに行かなくても……安い! この量でこの値段……ファミレスめ……あいつらいくら儲けてんだ?」


 商品はプリンやパンナコッタ、ゼリー各種に羊羹ようかんまであった。


「な、こ……これ……一つ取っていいか?」

「私はいいよ。皆で食べれるし」

「いいぞ」

「私も甘いの食べたいかも」


 俺は食後のデザートに最適且つ余り手にする事が無い杏仁豆腐をカゴに入れた。

 俺のお口の中は杏仁豆腐で準備される。

 

 ——— 買い物を済ませ、いざ、別荘へ。

 此処から十五分で着くそうだ。

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