第148話 いざ!野々白へ!①

「おはよう。芹葉起きてる?」

「もう八時過ぎてるもん。流石に起きてるよぉ」


 俺達四人は新幹線の駅のホームに立っている。

 これから流星の生まれ育った地へ行く。

 兼ねてから予定していた流星の母校で『喝!』を入れに行く。

 ただ、約束の日は明日だ。練習時間は八時半から午前中だけという事だ。

 始発で行っても間に合わないし、着いて一時間位しか参加できない。なので前乗り前日に行くする事にした。


「しかし、深川さん、チケット普通にグリーン車買おうとするんだもんな」


 流石に俺と翠はバイト代が予定以上に入ったと言っても、そこまで贅沢はしようと思っていない。

 しかし、深川さんがグリーン車買おうと思った理由もぶっ飛んでた。


「だって、普段は『グランクラス』乗ってるから……皆で乗るならワンランク下かなって……」


 『グランクラス』……飛行機いうところのファーストクラスだ。

 値段も自由席の二倍だ。どんなサービスを受けるかは知らん。ついでにグリーン車の値段は自由席の1.5倍だ


「まぁ、気持ち分からんでもないけどな」

「うちら庶民は指定席でもちょっと躊躇う。まぁ、今回は四人で纏まって座りたいから指定席だけどな」

「芹葉も少しは『普通』を知らねぇとな」

「うん……この高校に来た目的でもあるからね」


 『普通』を知るためのこの街に来て、それであの家に住んでてリムジンか……彼女の普通ってどのレベルなんだろ?



 ※  ※  ※



「そう言えばこの前の全国大会で、お前が気にしてたシューティングガードに会ったぞ」

「おぉ、アイツも全国行ったのか。すげぇな」

「アイツもお前に会いたがってたな」

「ブッチ? なんか不思議な人だったね」


 深川さんも話に入る。


「ブッチ?」

「なんかそう呼んでって。彼女さんは小さくて凄く可愛らしい人だったよ」

「まぁ……素性って言うか本性知ると……うん」


 流星は「あはは」と困り顔で笑う。


「ま、着いてからのお楽しみだな」



 ※  ※  ※



 ——— 時間は約十一時半だ。電車乗り換え、流星の生まれ育った街……ではないが、県庁所在地の大きな街に着いた。


「うーん……やっと着いた……って、此処じゃねぇんだけどな」

「久しぶりだなぁ」


 駅ビルを出て、流星が街並みを見て懐かしむ。ただ、この街は流星が住んでた所とは違うという。偶に来て遊んでたという事だ。

 深川さんも流星の隣に立ち懐かしんでる。聞けば二回ほどこの街を歩いたらしい。

 俺達は当然初めての街だが、第一印象は……、


「ね、宗介……この街って何処で皆買い物とか楽しんでんだろ?」

「…………確かに見た感じ、分かんねぇな。俺らの街だとアーケード街みたく『商店街』ってのが目に見えてあるけど……」


 そう。俺と翠が最初に思ったのは『何処でショッピングを楽しむんだろう?』だ。

 人の流れもある程度の纏まりを感じるものではなく、皆バラバラだ。


「なぁ、流星、皆何処で買い物してんだ?」

「専らデパートだな」


 そう言われると、目の前のデパートへの人の出入りは結構ある。


「デパートって此処だけじゃなくて駅の裏にもそっちの角曲がったとこにもあるんだよ」

「点在してんのか?」

「そういうこった」


 さて、此処はまだ経由地点だ。中学校に行くには此処から更に電車に揺られて数十分掛かるらしいが、今夜は深川さんの別荘に泊まるので車で移動だ。この駅から別荘地までは車で四十分掛かるらしいが、実際どうやって行くかは聞いていない。


「ところで此処からどうやって別荘に行くんだ?」

「うちの車が迎えに来る事になってるから大丈夫」


 すると一台のワンボックスカーが目の前に止まった。結構高そうな外観だ。

 深川さんの会社の車らしい。運転手は深川さんも初めて会う人のようだが、初めて会う事に対する慣れみたいなのを感じる。対応が自然だ。


「それじゃあ、荷物はこれに積んで、私達はお昼ご飯食べに行こ」


 俺達の荷物も着替えが多く、男はボストンバッグか女はキャリーケースだ。皆、後部座席に荷物を入れる。


「賛成! この辺は何あるの?」

「翠は何食べたい?」

「何でも良いけど、此処でしか食べられないもの……その店オリジナルなのが良いな」

「うーん……流星君、任せた」

「……桜木のリクエストに答えるなら……手っ取り早いのはどの街にでも一軒はある行列ができるラーメン屋なんてどうだ?」

「おおー♪……ジュル……いっけね。涎出ちった」

「オッケーのようだな。宗介は?」

「良いぞ」

「え? ラーメン?」


 深川さんが躊躇っている感じだ。


「何だ? どうかしたか?」

「うん? うーん……その……ラーメンって食べたこと無いの」

「マジか! だったら尚の事行かにゃあな」

「……あれ? 笑わないの?」

「笑いどころは?」

「……この歳でラーメン食べた事が無い……ところ?」

「その歳でケツを自分で拭いた事がねぇってんなら笑うかもしんねぇが、人間、何事も『初めて』ってのは必ずあるだろ。それが三才なのか十六才かはその時の巡り合わせだ。物事の出会いと初めてなんてその程度の事でしかねぇよ」

「なる程。そう考えれば恥ずかしがる事も無いか」


 俺達は流星の案内でラーメン屋へ向かった。駅前から五分も掛からない場所にあるそうだ。

 その間、街並みを見るが、街全体が『オフィス街』といった雰囲気だ。


 ——— ラーメン屋に到着すると既に人が並んでいた。

 店の外観は普通にビルの一階をテナントにしていて、暖簾とガラス窓の張り紙以外は特にラーメン屋という感じでは無い。


「早速混んでんな」

「え? もしかして並ぶの?」

「勿論。どうかしたか?」

「お店に並ぶのってなんか初めてで……」

「まぁ、これも経験だ。『並ぶ』という行為そのものが既に『この店を楽しむ』って事になる」

「だな。ただ俺は、逆に『食べ物屋で並ぶ』ってのは嫌いだ。そもそも食べ物その物に並んで迄食べる価値があるのか? って疑問がある。だから並ぶ事に楽しさってのを見い出せない。正直、この時間は苦痛だ」

「そうだったね。宗介って好きなスイーツでも長時間並んで待つの嫌いだよね。私は逆に大好き。やっぱ並んでる時って色々味を想像して楽しみが膨らんで行くからね」

「なる程……」


 深川さんは俺達の様々な意見に感心していた。深川さんは……こういう場では何も思うところは無く並んでいそうな気がするな。


「おぉ! 此処って評価高いね」

「だろ? あと、オススメってのが……」


 翠はスマートフォンでこの店の情報を見ている。深川さんはそれを覗き込む。


「そっか、翠はこうやって待ってんだ」


 深川さんは列全体を覗き込む。

 人それぞれの待ち方を見て何やら思っているようだ。


「ところで今日はお手伝いさんは居ないの?」

「うん、今日はいないよ。だから別荘は私達だけ」

「ふーん……護衛も?」

「それは……いるかな?」


 俺は周りに目をやると、何となく不自然な目配せしてる大人が数人いた。多分この人達がそうだ。

 自分のところで雇ってんのか、警備会社にお願いしてるのか……何にせよ、深川さんとのデートは周りが楽じゃなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る