第145話 ケ・ベッロでバイト②
俺達は、お気に入りの喫茶店「カフェテリア デリツィオーゾ」に来た。
「いらっしゃい……ま……せ」
店に入ると店員は俺達を見て魅入ってしまったようだ。
「中、いいですか?」
店員にそう声をかけると我に返り、俺達を店内へ案内する。
「あ、申し訳……ございませ、ん……お好きな席へ……どう……ぞ」
見惚れながらも俺達を店内へ案内する。
お昼過ぎと言う事もあり、席は空き気味だったので、人目に付く窓際に腰を下ろした。
窓は全面ガラス張りだ。全身が見える。
俺と翠は少し気取った座り方をした。
紙袋は俺と翠とで持っている。一つは外に見えるように、もう一つは店内に向けて置いた。
外を歩く女性がで、時折こっちを見る女性がいたが、翠は目が合えば笑顔で小さく指で手を振る。傍から見ると余裕を醸し出す女性に見える。
注文だが、俺は色、匂いのつかないサンドウィッチとアイスコーヒーを注文した。
翠もサンドウィッチとオレンジジュースとデラックスなパフェを頼んだ。
「店内の仕事、結構大変だったね」
「なかなかね」
「服のアドバイスとかってあんなんでいいのかな?」
「まぁ、個人のセンスだもんな。ちょっと申し訳ない気分だな」
「うん、そんな気分」
「お待たせしました」
注文の品が来た。
「それじゃぁ、いっただっきまーす」
そんな会話をしながら、サンドウィッチを食べ、翠はパフェをパクパク食べていった。
「美味しいー♪」
翠の笑顔が凄く可愛い。
翠は徐に、長いスプーンで一掬いし、俺に差し出す。俺は躊躇うこと無く口に入れる。
「おぉ! 美味しいね」
「美味しいでしょ?」
「ニコッ」っと微笑んで、再びパクパク食べていく。そして三回に一回俺に餌付けする。
その度に笑顔になる。
笑顔になる度、周りから小さい声で「あ♪」「かわいい」「はぁ~♡」という声が聞こえてくる。
翠の笑顔に一々やられているようだ。
耳を澄ますと、紙袋の読み方を気にしている人が何人か居た事だ。
「へぇ、ケ・ベッロだって。結構近いよ」
「帰り寄ってこ」
店長の狙いどおりのようだ。
パフェを食べ終わり俺達は喫茶店を後にした。
喫茶店を出た俺達は、寄り道しながら店に戻って来た。
「ただ今戻りましたー」
店の入り口から店内を覗くと、十組程度のお客さんがいた。
俺と翠が、一歩店に入った瞬間、こちらに気付いた客は、惚けた表情でボーッとした。「綺麗…」「格好いい…」「本物だ!」と呟く声が聞こえる。
翠は目が合った人に小さく手を振ったり笑顔を振り撒いている。
「おかえりなさい。それじゃあ今度はこれに着替えてデートして来てね」
「分かりました」
渡された服を手に取り、暫く眺めた。
俺も翠も、今渡された服はあまり趣味じゃ無い…と言うより、ちょっとセンスを疑う服だった。
「それ、あんまり売れ行き良く無い服なの。でも大丈夫、あなた達なら全然着こなせるわぁ。騙されたと思って着てみて」
言われるがまま、試着室に入り着替えた。
確かに、着てみるとそんなに違和感が無い。
寧ろ、新しいジャンルを開拓した気分だ。悪く無い。
暫くすると、翠も出て来た。
いつもと違う雰囲気にドキドキした。
翠も満更では無いようだ。
「なんかいつもの自分と違うみたい。どう?似合う?」
「可愛いね。いつもと違う雰囲気で、ドキドキするな」
「惚れ直せ!」
「イチャ付くのは店の外でお願い。その雰囲気で歩いてくれれば服も際立ってまたお客さん来るから。それじゃぁよろしくね」
「では、行って参ります」
翠と並んで店を出る。今度は腕を組んで歩いてみた。
「今度はどこに行こうか?」
「さっきと反対方向に行ってみるか」
俺達は、さっきと違う方向へ歩いた。
俺達が歩くと、通り過ぎる人は、皆一様にこちらを見ては一瞬惚ける。
翠は時折、小さく手を振っている。
「デートが仕事ってなんか楽しいけど申し訳ないね」
「折角だし、全力でカッコよく決めてみるか」
この考えがいけなかった。
俺達は全力を出してはダメだったのだ。
——— 一時間後。
店に帰ると、さっきより多くのお客さんが入っていた。
大変だったが、問題なく接客できたと思う。
今日はこれで終わった。
※ ※ ※
——— バイト二日目。
昨日と同じ様に店長から指示され、翠とデートをした。
イチャ付きながらデートした。
たまに「絵になる」風に気取ったポーズとってみたり、兎に角デートを楽しんだ。
「そう言えば、二人で記念撮影ってした事ないな」
「そうだね。どっか記念になる場所ってある?」
「観光地じゃないからな……公園でいっか。自撮りでいいだろ」
そう言って、近場にあった小さな公園のベンチで顔を寄せ合ってスマホで自撮りしていた。
その光景すら絵になるようで、少人数だが俺達に魅入っている人達がいた。
「あ! あの人達ってあの店の……」
そんな声も聞こえて来た。
翠は声がした方に小さく手を振った。
※ ※ ※
店に戻ると初日よりも人の入りが多くなり、かなり忙しい状態になった。
店内で接客をしていたら来羅が店に入ってくるのが見えた。
「来てくれたんだ。ありがとう」
「久しぶりの姿だー。やっぱ可愛い……ん?タケダ?」
「あ、ちょっと思う所あって偽名にして貰ってたんだ」
「そうなんだ。しかし凄い人だね」
「この店の紙袋持って宗介とデートしただけなんだけどね」
「あのパネル結構有名なんだよ。その本人が歩いてたらみんなビックリするよ」
「やっぱり? 歩いてて結構『あの店のパネルの人』って声聞こえてたんだよ」
「ちょっとした有名人だね」
「なんか、数ヶ月前の自分からは想像できないよ」
「だよね。ま、パパは完治とは言ってないから……あんまり弾け過ぎないでよ」
「うん。分かった。いざとなれば宗介いるし大丈夫。ありがと。お店、ゆっくり見てってね」
そう言って私は他のお客さんの対応に移った。
※ ※ ※
「今日も、お疲れ様。かなりの宣伝効果ね。それじゃまた明日」
「お疲れ様でした」
今日も疲れたが無事終了した。
※ ※ ※
——— そしてバイト三日目。
店では異変が起きた。
朝、店に出勤した俺と翠は見慣れぬ光景に驚いた。
何と、店に行列が出来ていたのだ。
——— 何だこれ?
俺達は裏口に回り、店に入った。
店に入ると店長も驚いていた。
「あなた達何したのー!」
「普通にイチャついて街を歩いてただけですが……途中でちょっと二人で格好付けてモデル風に立ってみたり座ってみたりしましたが…」
「それだわ! あんた達、歩いているだけで絵になるのにそんな格好付けたら、ただの本物のモデルになっちゃうじゃない」
なんだ?「ただの本物のモデル」って?
お客さんを確認しようと、翠と二人で店の正面の扉から半身を出した。
俺達の姿に気がついたお客は、
「きゃあああああぁぁぁぁ——————♡」
まるでアイドルの出待ちのような凄い歓声だ。
俺達は驚き、店に入った。
「今日は外周りはいいから、中の仕事お願いね」
「分かりました」
このまま店を開けると、店内が大変な事になるので人数制限をして順にお客さんを案内した。
店に入って来るお客さんの殆どが口々に「本物だ」と言っている。
どうやら俺達2人が目的のようでもあった。
俺と翠が着ている服から売り切れになり、その都度、着替えて、売り切れては着替えるを繰り返した。
夏物は既に売り切れ、倉庫に眠る今季の秋物が陳列されるも置いた先から無くなっていく。
——— 開店から三時間。店の商品は殆ど無くなってしまった。
「あらー……閉店セールだったかしら。ふふふふふふ。嬉しい悲鳴だわ。二人のお陰よ。ありがとうねぇ」
そう言って、厚めの封筒を一つずつ俺と翠に手渡した。
「これ、三日分のお給金ね」
「え?こんなにですか?」
中身を確認するまでも無く、厚さだけですごい金額であることは理解できた。
「だって、ここにある商品全部売って皆の三ヶ月分のお給料になるのよ。それ全部、たった三日で売っちゃったんだもん。そのくらいのお給料当たり前よー。寧ろ少ない位だわ」
「そう言って頂けると嬉しいです。それじゃあ、遠慮なく頂きます」
「あと、申し訳無いんだけど、商品取り寄せに時間かかるから、一ヶ月は休店ね。だからあなた達の今回のバイトはこれでおしまい。ありがとね」
俺と翠は明日から暇になった。何しよう?
後日、この街には「閉店セールの請負人」がいると噂されるようになった。
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