第142話 中総体県予選①

 ——— 間も無く夏休みだけど、その前に前回の予告どおり、ソフトテニスの県大会だ。暑い。

 私と藍。翔馬と廉斗君の四人で大会に来ていた。例年県大会は、県の中心である私達の街で行われる。

 大会は二日間で初日の今日は個人戦だ。

 今日は土曜日という事もあって、私達の活躍を知った学校の子達が初めて応援に来た訳だけど……。

 私はクラスメイト何人かに囲まれた。隣では藍が囲まれている。男子も来ているが、流石にこの輪に入る事は出来ないようで、少し離れて私達の様子を見ている。


「真壁さんフニフォーム可愛いね」

「ありがとう」

「今日は皆で応援するから頑張って」

「あー……」

「ん? どうしたの?」

「いや、その……」


 この子達、試合中、プレーヤーに声掛けちゃダメだって分かって無いようだ。

 私はクラスの子達に観戦のルールを説明した。


「あの……気持ちは有難いんですけど……」

「え? どうしたの?」

「観戦……ルール知ってます?」

「え? 観戦にルールあんの?」

「はい。えーっと……コーチ……コート内の先生以外、選手に声掛けちゃダメなんです」

「はい? 『頑張れー』も?」

「それはギリギリセーフ……かな? 多分ダメかも」

「『頑張れ』でギリギリ?」

「はい。アドバイスになる言葉は全てアウトです」

「え? じゃあ『集中』なんてのもダメ?」

「はい」

「『惜しい』とかも?」

「はい。アドバイスになります」

「じゃあ、どうやって応援すればいいの?」

「拍手です」

「拍手?」

「学校毎にポイント獲った時の掛け声とかは有りますけど……」

「うちの学校ってなんかあるの?」

「有りますけど……正直、私も藍もそれ好きじゃ無いんで……」

「はー……そっか、だからプロのテニスの試合、テレビで偶にやってるけど、観客、拍手しかしないんだ」

「そうです。観客に対するイエローカードもあるんで気をつけて下さい」

「分かった。皆にも教えとく」


 私達の試合では、部員が応援する時は掛け声無しをお願いしてる。うちの学校の声援は、ちょっとキャピキャピ感が強くて落ち着かないのだ。

 私達はシンプルに、審判のポイントコールの時に「ハイッ!」と、元気に返事をするだけだ。因みにこれ、皆やってるので特別でも何でもない。



 ※  ※  ※


 

 俺は廉斗とコートの半分……半分と言っても対角線上だが、今、体を温めるためにボールを打ち合っている。

 最初は廉斗のフォームのチェックだ。

 俺は、五球毎に打点の位置をボール二つ分ずつ徐々に上に上げていき、そして肩位の高さまで来たら下に下げていく。

 廉斗のフォームが綺麗な理由は、コイツが良く口にする『背中に電流が走った感覚』を求めた結果だ。

 要は、ボールに力が素直に澱みなく伝わった時に起きる現象という事が分かり、それを追求したらフォームの無駄が削がれ、『美しいフォーム』が出来上がった訳だ。

 普通の人……俺もだが、その電流が走る現象は何百球に一回しかないのが普通だ。

 廉斗はそれを全部の打球でやろうとしている。その時点でバカとしか言いようがないのだが、コイツはそれを追求した訳だ。その結果がこれである。

 廉斗のチェックが終わると今度は俺の調整が入る。

 廉斗は狭い範囲だがコートの前後にボールを揺さぶり俺を前後に走らせる。

 俺はそのボールを拾い、廉斗側のベースラインとシングルスサイドラインの交点を狙って打ち返す。

 廉斗は一歩も動かない。廉斗自身が左右にずらせば当然返球にも角度は付くから廉斗は動かざるを得ないが、俺は廉斗の打点を変えないという事もできる。ただそれをやると、ボールのバウンドする位置はズレる。今は調整なのでそれはやらずにボールの着地地点にだけ集中していた。


 すると俺達に気付いた奴らが騒つき始めた。


「なぁ、あそこの二人って、新人戦、0ゲームで優勝した奴らだよな?」

「なんかさっきからラリー途切れねぇんだけど……」

「メガネの方はフォームが滅茶苦茶綺麗だな」

「あぁ、繊細で力強い。どんなボールもボールに力が乗ってるのが見てて分かる」

「斯くいう相方……成宮……か……気付いたか?」

「何がだ?」

「打ち返してるボール、全部、コートのライン上……ベースラインとシングルスサイドラインの交点に寸分違わず打ち返してるぞ」

「お? ついにズレ……ん? 今度はサービスラインとの交点と交互に狙ってるのか?」

「……………………マジだ。嘘だろ? どんな体制でも外さず……互いに滅茶苦茶走り始めたな」

「二人共前に後ろにスゲ……ハァ? 今、後ろ向きで打ったよな?」

「あぁ、見た。マジかよ。なんでそれでも交点外さねぇって……」

「こんな奴らに勝てる奴なんていんのか?」

「今年は……今回もこいつらの優勝で決まりだな……」



 ※  ※  ※



 今日は部員も来ているが、私達のサポートで付き添ってくれるのは男女合わせて後輩の四人だ。他は自由参加で応援に来ている。

 正直サポートがいるせいで翔馬とこっそりイチャ付けないけど、彼女らは私達が最高のコンディションで試合に望めるように動いてくれるのだから無碍むげにしちゃダメだ。


「御免なさい。折角のお休み…「奈々菜、そうじゃないだろ?」


 私が後輩に謝罪をしようとしたら翔馬が優しく止めてくれた。好き♡


「あ……えっと、休みなのに色々手伝いに来てくれてありがとう。 ニコ」

「いえいえ、気にしないで下さい。ジャンケンで勝ち取った役目ですから……って先輩、何ですかその笑顔? ふふふ」

「ふふふ、いいでしょ? って、ジャンケンで勝ち取った? どう言う事?」

「はい。皆、先輩達に関わりたくて、全員手を挙げたんです。で、私達先輩の権限で一年生は全員外して……後はジャンケンです。寧ろ私達のお手伝いで良かったのかな? って」

「全然いいよ。ありがと。そっか……そういう決め方なら嬉しいよ。じゃあ、気にしないよ」

「はい!」

「で、男子も?」


 私は男子のサポーターに聞いた。そしたら不貞腐れた感じで、


「男子は……負けた人が来ました」

「プッ! あははは……だってさ翔馬」

「あーん? んじゃ、ジャンケン負けて良かったって思わせてやるか……奈々菜、こいつらの名前可愛らしくて呼んでやってくんねぇか? ニコッと笑顔で。あと呼び捨てで」

「名前? 別にいいけど……」


 私は後輩二人の名前を一人一人笑顔で呼んであげた。すると、後輩二人は恍惚な表情になり顔が蕩けた。一人は膝から崩れ落ちた。


「——— 成宮先輩。俺、先輩に一生ついて行きます!」

「俺も! 生徒会選挙出たら一票入れます!」

「おいおい、一生ついてこられたら俺と奈々菜二人っきりになれねぇだろ。それに生徒会選挙なんて出馬しねぇよ。てか、去年で終わってるって」

「誰があんたと二人っきりになるかっての!」

「照れんなって」

「って言うか、もう一回いいですか? 録音して目覚ましの音声にします!」

「それはダメだ。俺だってやってねえんだ」

「それじゃあ先輩も録音しましょう!」

「バーロ! 録音した声なんてロボットが喋ってんのと同じだ。その日一日の調子を感じる感情がねぇ。俺が欲しいのは直よ直。直接奈々菜が俺の耳元で囁いて起こされるのがベスト! それ以外はノーサンキューだ!」

「ま、今の翔馬には絶対叶わない願望だね」


 後輩達は「私が翔馬に対してやってあげる事は無い」と解釈したようだけど、実際には「翔馬が私よりも早起きで物理的には無理」なのだ。

 ただ、いつも私が起こされてたりする。電話だけどね。なので私は毎朝ご機嫌なのだ。


「でも、何気に真壁先輩、成宮先輩のお願いとか聞いちゃってますよね?」

「——— あはは、バレた? そうなの。とうとう気付かれちゃったか……これ、皆には内緒だよ。実はねぇ……真壁先輩は翔馬の事が大好き ——— 」


 ——— もう隠すのも疲れちゃったしバラしちゃってもいいかな? いいよね?

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