第83話 3×3 その1②

 ——— 四月から私達は中等部の三年生になる。

 今、お昼休みに四人でご飯が食べられる場所を記憶している範疇で探しているんだけど……。


「あ! 部室。部室はどうだ?」

「…………おお♪ 部室か! でも、男女別でしょ? それに……」


 誰か入ってきたらどうするつもり? って思ってたら、


「うちのテニス部って練習緩いだろ? 昼なんて誰も来ないよ。来ても俺ら『昼練やる準備してた』って言えば誤魔化せるだろ?」

「まぁ、私達も三年だしね。ある程度幅を利かせる事も出来るか……でもさ、男子の部室って、汗臭そうなんだけど大丈夫?」

「うっ——— 」

「女子の部室はそうでも無いけど……流石に他の子の断りなく男子を部室に入れるのは……」


 すると片付け終わった翠ちゃんが手慣れた感じでエプロンで手を拭きながらリビングに入って来た。


「あのさ、高等部と中等部って左右対称だよね?」

「そうみたいだね」


 翠ちゃんはエプロンを外しながらソファーに座る。エプロンは隣に畳んで置いた。

 なんだか一連の所作の練度が高い。


「旧校舎の窓から下見ると、新校舎からちょっと死角になるところに東屋あるんだよ。そこって雑草とか凄くて今、高等部は誰も使ってないんだ。もしかして中等部の旧校舎の同じ場所に同じような東屋あるんじゃ無い?」

「おお! 明後日部活あるし確認してみるか」

「だね。なんか自分らの場所みたいになればいいな」

「休み時間って周りの子、話し掛けてくるから自分の時間が無いもんね。ちょっと逃げ場所欲しいなって思ってたんだ」

「もし在ったら学校で翔馬とイチャつけるね♡」


 お兄ちゃんもリビングに入ってきた。両手には柄が同じ色違いのマグカップを持っている。

 それを見た翔馬がマグカップとお兄ちゃんと翠ちゃんを順に何度も見ている。


「カップお揃いですか……宗介さん達って、なんか色々さり気無く……空気感でイチャ付きますよね?」

「なんだその空気感でイチャ付くって」

「こう……さり気無くお揃いのもの持ってたり、さり気無い気遣い見せてアイコンタクトで『ありがとう』って伝えたり……」


 お兄ちゃんは翠ちゃんの顔を見る。


「そうなのか?」

「そうなんじゃ無い?」


 お兄ちゃんは照れを隠そうとしているのか。鼻の頭をポリポリ掻いて目線を逸らしている。


「そう言えば、宗介さん朝走ってるんですよね?」

「あぁ、翠と一緒にな」

「朝も一緒なんですか! なんかオシドリ夫婦ですね」

「……そうだな……はは」


 お兄ちゃん、何処となく居心地が悪い表情だ。


「何時起きですか? 僕も一緒に走りたいんですけど……」

「一緒に走るのは全然いいぞ。大体五時だな」

「僕と同じですね。分かりました。では朝、宜しくお願いします」


 この後、ボードゲームで盛り上がってお風呂に入る。

 翔馬、廉斗君と一人ずつ順に入り、人数も多いので私と藍が一緒に入る事にした。

 私と藍は、土日に泊まる時とかはよく一緒に入っている。なので一緒に入る事に抵抗は全く無い。

 先に藍が浴室に入り、私が後から入ると、藍はシャワーも浴びず、湯船にも入らず、タオルを手に持ったままじっとお湯を見ていた。


「どうしたの?」

「…………このお湯ってさ、翔馬君と廉斗君から出汁が取れてんだよね?」

「——— !」


 そうだ! このお湯は彼ら二人の出汁……エキスがたっぷり入っている。

 廉斗君のは余計だが、まぁ、そこは目を瞑ろう。

 廉斗君も私達を助けてくれた男の子だ。正直、翔馬以外で、唯一好意を持つ男の子だ。

 それは藍も知っているし、藍の翔馬に対する好意も同じだ。


「なんか……このお湯、神聖な物に見えてきた。これ、私達で汚しちゃダメな気がする」


 私は『出汁』という藍の言葉に脳の回路が変なところに繋がったようだ。『神聖』で『汚しちゃダメ』ってどういう意味だ?


「…………飲む?」


 藍らしい発想だ。

 翔馬のだけなら飲んでもいい。流石に廉斗君のは……。


「うーん……流石にそれはちょっと……」

「後がつかえてるし入っちゃお」


 私と藍はシャワーを浴びて同時に湯船に入る。

 こんなにドキドキしたお風呂は初めてだ。



 ※  ※  ※



「ねぇ翔馬。お前、湯船浸かった?」

「いや、後からレディーが入るのに、お湯汚せねぇだろ」

「やっぱり? 僕もシャワーだけ」


 その言葉を聞いた宗介さんは、


「なんだ。気にせず入ればよかったのに。アイツら今頃、湯船のお湯飲んでんじゃねぇか?」

「まさかそんな事……最近の奈々菜ならやりそうだな……」

「藍ちゃんは元々やりそうだね……」

「廉斗君も藍も事分かってきたじゃん」

「そこはあんまり分かりたくないところですね……はは」



 ※  ※  ※



 私と藍はから上がって、今度は翠ちゃんが入り、そして最後にお兄ちゃんが入った。


 そして ———


「ちょっと宗介! 上、なんか着てよ♡」


 お兄ちゃんは日頃の習慣で上半身裸で出てきた。

 お兄ちゃんの姿に翠ちゃんと藍は顔を赤らめ視線を外す。

 私からすれば幼い頃からの光景なので何も思わないが、翠ちゃんと藍には刺激が強すぎたようだ。


「え? 海で散々見たろ? てか、語尾に『♡』付いてるぞ?」

「それとコレとは話は別よ! 『♡』は無視して」


 因みに廉斗君も惚けた顔でお兄ちゃんの裸に魅入っていた。


(…………シックスパック♡)

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