第16話 入学式③
——— 下校時間になった。両親は既に帰っている。
私が式に出ない事は知っていたから来る必要は無かったと思うんだけど……仕事休みたかったのかな?
私は早めに応接室を出て、昇降口の外、ちょっと離れたところで宗介さんが来るのを待っていた。
すると宗介さんが靴を履き替えているのが見えた。そして私の方へ歩み寄り、私の傍を態とらしく通過すると、そのまま無視して歩き出した。
それはまるで『帰るよ』っていう二人だけのサインにも感じた。
私は宗介さんに着いて行くが、数メートル離れて歩く。
駅のホームでは皆二列に並んで待ってる訳だが、私は宗介さんの隣に立った。勿論、列の前後に学園生徒はいる。なので他人の振りだ。
一ミリでも『知り合い感』を出さない様に気を配る。結構キツイなこれ。
電車がホームに入って来た。時間は夕方近くだ。乗客もそこそこ居て、座る事は出来なさそうだ。
そして電車に乗るが、私は宗介さんと並んで吊り革に掴まった。
「えへへ、やっとお話しできるよ」
「お疲れさん」
『お話しできるよ』なんて言いながらも此処での会話はこれだけだ。
電車が揺れれば私の肩が宗介さんの二の腕にぶつかる。宗介さんの体はかなりしっかりしていて、何となく頼もしい感じで悪く無い。ちょっと心地よさもあるくらいだ。
そして電車を降りて駅を出て、大通りから脇道に入ると学園の生徒は誰も居なくなった。
私と宗介さんは堂々と肩を並べて歩く。
偶に肩がコツンとぶつかる。その距離感になんか照れてしまう。
「翠さん入学式に居た?」
「えへへ……実は居なかったのです」
「やっぱり? 名前呼ばれてないから変だなぁって」
「教頭先生が、入場の時点で視線集まるから、入学式出ないで応接室で見てろって」
「確かに入場する時視線集まったな」
「ふぅ……先生の言うとおりやっぱダメだったか……ちょっと残念な気分だけどでも最悪は避けられたし良かったよ」
「確かにな。入学式で救急車呼ぶ事態になったらどんな注目の浴び方されるか分かんないもんな」
「学校の裏サイトなんかも幾つかあるみたいだし、話の広まり方も予測できないからね。変に尾鰭ついたら回収すんのも大変だろうし」
「尾鰭なんて悪意しか入んねぇし、色々捻じ曲がるもんな」
「うん。んなもんで、教室で座席だけ確認したら席に着かないで、応接室に行ってたんだ」
「はぁ……随分準備がいいな」
「教頭先生に感謝だよ。で、保健室の先生と二人でお茶菓子食べながら入学式をモニターで見てたんだ」
「なる程……って、随分豪勢だな。お茶菓子付きって」
「えへへ、別に私がお願いしたわけでも準備したわけでも無いからね」
「まぁ、そうだろうけどさ、でも、よくよく考えると今日来る必要無かったんじゃないのか?」
「うん。でも一応、雰囲気は味合わないとね」
実際、雰囲気は味わえていない。味わったのはお茶とお茶菓子だ。
大体、卒業式なら分かるけど、入学式に強い思い入れとか持ってる人っている? 私はそんな話をしている子を見た事がない。
「そう言えば宗介さん首席合格だったんだ! 凄いね。名前呼ばれた時ビックリしたよ」
「うーん……不本意ながらそうなったみたいだな」
「先生が言ってたけど満点だったって。知ってた?」
「そうなの? まぁ、手応えは有ったけどね」
行きと違って会話が弾み、気付けばマンションに着いていた。
「それじゃぁ、今日は『また後で』かな?」
「だな。親父、昨夜から張り切ってたから……今夜はご迷惑お掛けします」
「ふふ、じゃ、待ってる」
私達はエレベーターに乗り、そして部屋に入って行った。
※ ※ ※
学校から帰ると、宗介さんのお父さんが勢いよく上がり込んできた。
「おう、お疲れさん」
あまりの勢いに挨拶をしそびれ、おじさん真っ直ぐリビングへ入った。
一応、リビングに顔を出しておじさんに挨拶をして、私は自室に入り、そして全て着替えて丸首の長袖Tシャツとショートパンツ姿でいた。
ラフな格好だけど、その辺をぶらつくなりスーパーとかコンビニ位は普通に入れる程度の姿でいた。
ついでにメガネも普通にお洒落感があるデザインの物に掛け替えている。
家の中なら格好なんてどうでもいいって思われがちだけど、女の子って家でダラシない格好しててもソコソコにお洒落さは損なわないようにしてるもんだ。
「藍居る?」
「居るよ」
時間はまだあったので私は藍の部屋に入り、藍の勉強机の椅子に座る。藍はベッドに横になって雑誌を読んでいたが、雑誌のページを捲りながら藍から話しかけてきた。
「入学式どうだった?」
「私は欠席。別室でモニターで見てた。ビックリしたのは宗介さんだよ。生徒宣誓の代表挨拶してんだもん」
「えぇ! 欠席もビックリだけど宗介さん首席なの?」
「そう!」
「超絶イケメンで秀才って、何そのオーバースペック!」
「この前も言ってたけど、宗介さんってそんなにカッコいいの?」
「カッコいいなんてもんじゃないよ。奈々菜ちゃんって綺麗な感じじゃん? あの宗介さん見たら『兄妹だね』って素直に納得するし、奈々菜ちゃんが普通の女の子に見えるよ。って事は私も隣に立てば普通の女の子に見えるわけだ」
「そうなんだ……」
『普通の女の子』の定義がよく分からなかったが、多分、視線が向けられる事は無いって意味なのかな?
私は天井を見て奈々菜ちゃんの顔をベースに宗介さんの顔を想像してみる。
藍がそんな私の様子に気付く。
「想像しても無理無理。本物は想像の上の上行っちゃってるから。ところで今夜ウチ来るけど、お姉ちゃんその格好で会うの?」
「まぁ、仕方ないよね。流石にあの格好は……お客さんに失礼でしょ。しかもどう考えても家族ぐるみ付き合いになるよね? いずれバレるって」
「だよね……で、大丈夫なの?」
「――― どっちの意味で?」
「どっちの意味でも」
「視線は大丈夫。人数少ないし。半分身内だし……ただ、宗介さんが今後私にどう接してくるか……そっちは不安……かな?」
「ま、お姉ちゃんも宗介さん見たら接し方変わると思うけどね」
藍が男の人をそこまで推すのは見た事がない。よっぽどカッコいいんだ……今夜見れるだろうか?
「そう言えば学校、藍の方はどうだったの? 早速告白されたりした?」
「う……」
「何その反応……まさかホントに告白されたの?」
「うん……二人から……」
「相変わらずだなぁ……で?」
「勿論断ったよ。てか、私と奈々菜ちゃんの区別も付かない人とは付き合えないよ」
「何? 奈々菜ちゃん付き添わせたの?」
「まっさかー。奈々菜ちゃんも私と同じ場所に呼び出されてて、二人で行ったら男の子四人居たから髪の毛解いて『どっちがどっちだ?』ってやったの」
「はぁ〜……奈々菜ちゃんも凄いね」
「お姉ちゃんに凄いって言われてもねぇ……」
「ははは……」
養護教諭との会話で既にお気付きだと思うが、私は素顔を隠している。
そしてこの後、宗介さんと奈々菜ちゃんに私の素顔を見せる事になるんだけど……どんな反応されるのか……ちょっと怖いな。
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