第15話 入学式②

 ——— 簡単なSHRが終わり、早速入学式が始まる。

 出席番号順に並び入場。

 次第に沿って式が進み、そして生徒の点呼が始まった。

 始めに生徒の名前が呼ばれ、全員起立すると、


二百四十名。ここに新山学園の入学を許可する」


 学園長が中等部の入学許可の宣言し、全員着席。そして引き続き高等部の生徒の名前が順に呼ばれる……長い。

 ここまで長かったがこの先も長い。

 名前は当然五十音順だ。Fクラスの俺の名前はまだまだ先だ。

 Aクラスの点呼が始まる。

 うんざりしていると俺はある事に気が付いた。

 今呼ばれている生徒は「ま行」の名前だ。「さ行」は過ぎている。

 「桜木翠」の名が呼ばれ無かった。

 そして、Aクラスが終わり、Bクラス、Cクラスと生徒の名前が呼ばれて行くが「桜木翠」の名前は出てこなかった。

 そして――― 。


「真壁宗介」

「はい」


 名前を呼ばれた俺は、今は考えるのを止めた。この後に控えている面倒なスピーチに集中するためだ。


「高等部百六十名。ここに新山学園の入学を許可する」


 学園長の宣言が終わり、式の次第は次に進む。



 ※  ※  ※



「桜木、お茶飲むか?」

「あ、頂きます。なんか済みません。気を使って貰っちゃって……」


 私は出されたお茶に遠慮無く口を付ける。


 ——— ズ……ズズー……。


 私は今、応接室にいた。教室で席の場所を確認したあと、席には着かず、そのまま教室を出て応接室に来ていたのだ。

 始めから入学式に出席する予定は無かったのである。

 そして養護教諭保健室の先生と二人でモニターに映る入学式の様子を眺めていた。


「済みません。なんか特別な扱いみたくなっちゃって……」

「気にすんな。入学式の最中に救急車呼ぶ事態になったらお前の注目度200%だ。そしたら名前も顔も知れ渡って、噂が噂を呼び、目立ちに目立って学校に来れなくなるぞ」

「そうですね……」


 養護教諭は女性だが喋りは少々口が悪い。そして教諭は手元の資料を眺め、お茶を啜る私と資料の写真を見比べ、溜息を一つ吐く。


「しかし、お前も大概だな。写真と全然別人じゃないか……表現ちょっと悪いが、これはある意味バケモンだぞ。これじゃあ、そこまでする必要……あるな……」


 養護教諭はそう言って写真をずっと眺めている。


「センセ? ……おーい!」

「——— ん? あ、ああ、すまん」

「どうしたの?」

「——— ダメだ、すまない。写真から目が離せん」


 養護教諭は写真の私の顔から目が離せなくなったようだ。


「センセ、本人目の前にバケモン呼ばわりしないでよ。まぁ、この姿もちょっと突き詰めてったらこうなったと言うか……」

「ま、精神疾病患うと加減が分からなくなったりするからな。しかし学園長、喜んでたぞ。今年の新入生、お前も満点に近い点数だったようだしな」


 養護教諭はなんとか書類から目を離し、机の上に置いたが、それでも視線はチラチラ書類の方に行っていた。


「そうなんですか? まぁ……ちょっとは自信有りましたけど……」

「今年の首席は満点だそうだ」

「満点ですか⁈ それは凄すぎですよ……」


 生徒の点呼が始まる。次々呼ばれ、呼ばれた生徒は起立し、そのまま待つ。

 私はAクラスだが、名前を呼ばれた気がしなかった。


 ——— 聞き逃した? 


 いや、何かしてても自分の名前を呼ばれたら何となく気付くもんだ。

 点呼は既にBクラスに移っている。


「あれ? 私の名前って……」

「あー、省いた。入学早々欠席てのも注目浴びるしな」

「そう……ですね。ちょっと寂しい気もしますけど……仕方ないか……な……」


 今日、私は教室に行く予定は無い。

 来週、中等部からの上がり組が揃うその時に教室に顔を出す。

 皆から見れば私は初顔だ。新入生からは上がり組に見えるし、上がり組からは中途組に見られる。違和感無くクラスに溶け込めるという訳だ。


『——— 新山学園の入学を許可する』


 気付けば式は生徒宣誓まで進んだ。

 宣誓は入学試験を首席で合格した生徒が壇上に立つ。

 私は今後の目標の顔を拝もうと画面に食いつくように見入った。

 そして———、


『生徒宣誓。新入生代表、真壁宗介』

『はい!』

「はぁ?」


 思わず声を上げてしまった。

 養護教諭は今年の首席は満点だったと言っていた。

 そして呼ばれた名前は『真壁宗介』……驚く以外にどんなリアクションをしたらいい?


「え? 宗介さんが首席?」

「何だ、知ってるのか?」

「あ、はい。家が……マンション、隣の部屋なんです」

「ほう、隣か……で、お前の顔の事は?」

「まだ知らないです」

「そうか、ま、一人位知ってる奴作っとけ。何かと便利になるし、頼れる奴が居るのと居ないのとじゃ精神的にも全然違うからな」

「はぁ……考えときます」


 今夜は我が家で宴会だ。これから長い付き合いになるであろう人達……家族ぐるみな付き合いになるのは明白だ。

 この姿陰キャスタイルでお客さんを迎えるのは流石に失礼になる。それにいつまで隠し通せるとも思えない……私は覚悟を決めた。



 ※  ※  ※



「——— 生徒代表、真壁宗介」

「はい!」


 俺は全員が起立している中、ちょっと気取って低いトーンで返事をしてみた。

 そしてステージに一歩踏み出す。

 生徒は全員立っている。

 一歩その集団から抜けると、当然、視線は俺に集まるわけだが……キツイ! 

 この視線は流石にキツイ。

 でも大丈夫。今の俺はモッサイ高校生だ。

 あのホワホワした恍惚な視線とは違う。

 俺は姿勢良く歩き壇上に向かう。そして背中からは囁く声で俺を示唆する声が聞こえてくる。


「あれが首席?」

「モッサイな……」


 俺は登壇し、司会の号令で学園長と一礼して一歩前へ出る。そしてブレザーの内ポケットから奉書紙を取り出して定型的な文章を読み上げた。


「春の息吹が感じられる今日、私たちは新山学園に入学致します。本日は私達のために———」


 マイクを通して、俺の声が体育館内に響き渡る。場内は俺が読み上げる宣誓が静かに響き渡る。


「——— 以上をもちまして、新入生代表の挨拶とさせて頂きます。新入生代表、真壁宗介」


 挨拶文を読み終えた俺は、奉書紙を折り演台の上に置き一歩下がって、司会の号令と共に礼をする。

 そして振り向く。

 この時始めて会場中に俺の顔を正面から晒すことになる。

 俺の様相から、一瞬、細やかに騒つく感じがしないでも無かったが、俺は気にする事なく静かに自席に戻り、着席の号令で全員が着席をする。

 因みに親父達が何処に座っていたかは全く確認していなかった。そもそも確認するつもりも無かった。

 そして式は何事もなく閉式した。


 ——— 教室に戻ると先生から簡単な学校の説明があった。そして最後に一つ注意事項が言い渡された。


「中等部の校舎には入るなよ。特に校則で決まってるとか罰則が有る訳じゃ無い。偶に兄弟に用事がある奴もいるだろうからな……まぁ、暗黙のルールってやつだ」

「理由を教えて下さい」


 一人の生徒が挙手しながら説明を求めた。


「お前ら中学生くらいの時って、高校生怖く無かったか?」

「まぁ、妙な『圧』はありましたね」

「そういう事だ。中等部の子がこっちに顔出す時もあるからそん時は優しくしとけよ」

「はーい」


 何人かの生徒が返事をする。


「それじゃあ、今日は上がり組が居ないからここまでな。来週全員揃ったら自己紹介やるから自己アピール考えとけよ」



 ※  ※  ※



 ——— 私は教室に居なかったので自己紹介の事は聞いていなかった。

 この時私は何気にピンチを迎えていた。

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