第9話 部屋にて

 ———リビングでの団欒も終わり、俺は一人自分の部屋に居た。

 俺の部屋は、畳で言うところの八畳程の広さがある。

 部屋にはベッド、机、チェスト、そして本棚がそれぞれ壁際に置いてあり、部屋の中央には炬燵こたつサイズのテーブルが置いている。そして全体的に黒っぽい色合いで統一している。ま、黒は男の基本色みたいなもんだな。

 俺はベッドに横になって本を読んでいると「お兄ちゃんいい?」と、扉の向こうで奈々菜が声を掛けて来た。

 「おう」といつもの返事をするとパステル系な黄色っぽいクッションを抱えた奈々菜が部屋に入り、俺が寝そべるベッドに腰を掛ける。

 奈々菜は感情を刺激されるような事がある俺の部屋に来てはその話をして去っていく。

 ま、感情以前に話題がなければ部屋に来ない。

 今日は明らかに桜木姉妹の話をしに来たと分かった。

 奈々菜は腰を掛けると決まって片手で俺の脹脛ふくらはぎを服の上から揉み始める。ハーフパンツの時は直にだ。いつもの行動だ。

 どうやら、俺の脹脛の感触が好きらしい。

 因みに俺が体を起こしている時は二の腕を揉んでくる。奈々菜って実は筋肉好きなのか?

 俺も俺で奈々菜の小さい手の感触が心地良くて揉まれるのは結構好きだったりするので拒みはしない。

 

「駅でまさか隣の子達と遭遇するとは思わなかったね」

「だな。まさか中等部とはいえ、同じ学校の子に早速素顔を知られてしまうとは……」

「でも藍ちゃん、お兄ちゃんに興味無さそうだったね」

「それな!」


 そう。俺はそこが一番気になっていた。今まで出会った女は一度俺の顔を見ると、顔を隠そうが何しようが俺の傍に近づこうとしてくる。


「普通の子ならお兄ちゃんの顔知ったら意識がお兄ちゃんに行きっぱなしになったりするけど、そんな素振りも無かったし、何食わぬ顔でずっと私とお喋りしてたもんね」

「そうなんだよな……」


 中学時代はトラウマレベル……って、レベル以前にトラウマになってしまってるんだが、本当に辛い日々だった。


「でも良かったな。友達出来て」

「うん♪ 彼女、私の事全然見てないんだもん。最初に挨拶交わした時のあの藍ちゃんの愛想笑い気付いた? あれ見て私『この子私と同じだ』って思ったの。だから、私も藍ちゃんの挨拶した時、名前呼びながら愛想笑いしたんだ。そしたら藍ちゃんも私の『本心』に気付いた見たいで、一気に仲良くなっちゃった」


 何を言ってるかさっぱり分からない。

 ま、妹達は同じ顔だ。多分、藍ちゃん奈々菜と同じような境遇だったんじゃ無いかと勝手に想像してみる。


「なんか、今まで苦痛だった学校が楽しみになってきたよ。編入先で知ってる子が居るのと居ないのとでは足取りが全然違うよね。しかも同じ転校生だし。早く学校始まんないかな」


 奈々菜はニコニコしながら抱き抱えているクッションをギュッと抱きしめる。こんな奈々菜は初めて見た。まるで恋する女の子にも見えるが……え? もしかして奈々菜ってそっちなの?


「そう言えば体、大丈夫だったの? 翠さん暫く近くに立ってたけど」

「んー……それがな、なんか知らんがなんとも無かったんだよ」

「へぇ、大丈夫だったんだ……あの姉妹、お兄ちゃんに関心あるように全然見えなかったもん。それもあるんじゃ無い?」

「かもな」

「で、高校ではボッチで行くの?」

「勿論! この姿も半年掛けて仕上げたんだ。出来るだけ人との関わりは避けたい。そして俺は女が言い寄って来ない世界に生きる!」


 と、俺は力強く言い放ち、拳を握って遠くを見た。


「翠さんとは仲良くしないの? 体も大丈夫みたいだし、お兄ちゃんに興味無さそうなら仲良くしたらいいじゃん」

「そうだな。ただ彼女もあのなりを見た感じ……親父の言うとおりなら、多分、彼女もボッチで居たいと思うんだよ。それになんか同じ匂いするんだよな……仲良くしたくない訳じゃ無いけど、仮に仲良くするんであれば学校の外でだな」

「そっか……結構難しいね」



 ※  ※  ※



 ――― 食事が終わって、私が部屋でゴロゴロしていると、藍が部屋に入って来た。そして『人間をダメにする大きいクッション』に座り埋もれると今日の出来事を振り返った。


「宗介さんカッコよかったー。しかも登場も白馬の王子様的な?」

「うん……宗介さんの顔ってそんなにカッコ良かったの?」

「それはもう……無かったら今頃ストーカーの自信あるよ」

「そんなになんだ……」


 藍にそこまで言わせる宗介さんの顔って……ちょっと興味が出た。


「うん。私、狙ってみよっかなー……」

「——— え? ……それは……藍がそうしたいなら……そうすれば……」

「冗談だよ。そんな本気にしないでよ。あんなカッコ良過ぎる人が彼氏になったら自分が不釣り合いに感じて一週間後には隣に立てなくなるって」

「藍がそこまで言うなんて……ちょっと見てみたいかも」


 私は思い出していた。あの時頭に掛けられたジャケットの脱ぎたての温もりと香り、立ち振る舞いと声、そして電車で触れた時のしっかりとした体。

 思い出すとドキドキしてくる。顔も熱い……赤くなってる? 藍に目を向けると藍も天井を見て何かを思い出してるようだ。「にへへ」なんて笑って涎が垂れそうになってるところを見ると、どうやら宗介さんの事を思いだしているようだ。

 そして私が感じている『ドキドキ』は、今まで人と表面上でしか関わりを持たなかった私にはこの感情が何なのか分かる訳もなく……。

 それとは別に気になる事もあった。


「ただね、あの人も人目を気にしてあんななりしてるみたいだけど、人目を気にしてるってよりは、人が近付いてくるのを避けてる感じがしたんだけど」

「避けてる?」


 そう、『避けている』。一緒に歩いていて、女性を見ると一瞬、本当に一瞬だけど気がそっちに向いて警戒している感じがした。


「うん、隣歩いてて、何と無く感じたんだけど、女の人とすれ違う度に体が強張ってる気が……」

「そうなの? お姉ちゃんが視線恐怖症なら、宗介さんは女性恐怖症? それ、かなり手強いね」

「ま、誰にも関わらないのが一番だよ」


 私ははなから誰とも関わるつもりはない。だから宗介さんの素顔を見たところで私の行動の考えも気持ちも変わるわけは無いとこの時は思ってたんだけど……人って変わる生き物なんだよね。



 ※  ※  ※



 ——— そして入学式。宗介さんの凄さの一つが明らかになる。

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