第8話 奈々菜の名

 ――― 俺と奈々菜は翠さん達と一緒に帰宅した。

 揺られる電車の中、ちょっとドキドキする出来事があったが、俺達は何事も無く電車を降りてホームに立っていた。

 この駅の周辺は住宅地が大半を占めている。なのでこの時間帯の電車はここで半分位の人が降りる。

 駅のホームは結構な人混みになるが一分もしないうちに閑散となる。


「ちょっと待ってない?」

「ん? おお、そうだな」


 俺と翠さんは余り人混みが得意では無い。

 なので四人はホームの邪魔にならない所に立ち、閑散となるのを待って駅を後にした。


「しかし俺らのマンションってなかなか立派なマンションだよな。しかも会社で準備したんだろ?」

「うん、お父さんも『こんなところに金使うなら給料あげてくれ』って嘆いてた。お母さんはキッチンが広くて喜んでるけど」

「ははっ、親父も同じ事言ってた。キッチンの広さは奈々菜が一番喜んでるな」

「奈々菜ちゃんお料理するんだ?」

「ああ、趣味だな。中学に入ってから普通に毎日夕飯作ってる」

「へぇ、今度教えてもらおっかな」

「翠さんも作るんだ?」

「まぁ、それなりにだね」


 翠さんとの会話はそれなりに弾んだ。

 奈々菜と藍ちゃんはずっと話をしている。初対面で何をそんなに話す事があるんだろうか? 俺は二人のコミニュケーション能力の高さに感心した。

 そしてマンションに到着して四人でエレベーターで目的の階まで上がる。結構上の階だ。

 エレベーターを出ると同じ方向に歩く。そして玄関前。


「今日はホントに有り難う御座いました」

「そこは気にしないで。多分これからも長い付き合いになるんだろうから、あれを気にされたらこっちも色々気を使っちまうよ」

「うん。それじゃぁ……気にしないで普通に。宜しくお願いします」

「こちらこそ」

「じゃね藍ちゃん。メッセ送るね」

「うん♪ じゃあね」


 四人は最後に別れの挨拶をして、自分の部屋に入った。



 ※  ※  ※



 ——— 夕飯を済ませた、俺と奈々菜はリビングで寛いでいた。少し遅くに帰ってきた親父は、一人晩酌を進めている。


「今日街で、隣の娘さん達と偶々会って話したぞ」

「そうか、可愛くなってたか?」

「妹はこの前話したけど、近くで見てもホント奈々菜に瓜二つでビックリしたぞ。姉の方は……まぁ……全然だな」

「うん、向こうのお姉ちゃん、うちのお兄ちゃんと同じだったよ。髪の毛ボサボサでメガネ掛けてて……あと雀斑そばかす多かった。でも、なんか全部不自然だったね。態とらしいって言うか……」

「雀斑? あの子にそんなのあったかなぁ……ふーん、意外と宗介と同じ理由じゃ無いのか? 人目に付きたく無いからそんな格好してんだろ?」


 ——— 確かにそう考えると合点が行く。社交不安症だったか? それも在るんだろうが……ただ、あの雀斑そばかすは『痣』のレベルで凄かったぞ? あれを気にしての視線恐怖症? いや、そんな感じでも無かった。

 俺が翠さんの顔を思い出している横で奈々菜と親父は会話を弾ませていた。


「——— 妹の藍ちゃんとは仲良くなったよ」

「藍ちゃん……そう言えば娘達の名前、二人共宝石の名前から漢字一字貰ったとか言ってたな……確か……『翡翠ひすい』と……あとなんだっけ? あんまり聞き慣れない……」

「『らんぽう(宝)せき』か?」

「そう。それだ」

「——— へぇ、綺麗な石だね」


 奈々菜はスマートフォンで二つの石を検索していた。

 俺は画面を覗き込むとそこにはエメラルドとは違う落ち着いた光を放つみどり色の石とサファイアとは違う少し深みのある光を放つあい色の石の画像をそれぞれに映していた。


「で、俺らの名前の意味は?」


 隣の娘の名前の由来を聞いたところで、興味はさほど無い。俺ら兄妹は『へー』と思って終わりだ。

 肝心なのは俺らの名前の由来だ。

 全国の宗介さんには悪いが、正直『宗介』ってなんか古臭い感じがするなと思っていた超イケメン設定なので許して欲しい

 奈々菜に至っちゃ『ななな』だ。冗談としか思えない。

 親父は俺の問いにサラッと答えた。どうやらちゃんと考えていたようだ。


「宗介は『主となりて人を助く』かな?」

「なんか最もらしいな。ちょっと古臭い感じもしたんだが……」

「そう言うなよ。結構考えたんだぜ? で、奈々菜は『実り多き人生を』って感じで最初『奈々』って付けたんだけど、出生届出す時どうにも病院から見えた菜の花畑が印象に残っててな。『奈』にしようかとも思ったんだけど、なんか物足りなさを感じてな。試しに『奈々菜』って書いたら俺の中で『これだ!』って、それで書いて提出した」

「良かった。一応、意味らしき物は有ったんだ。『ななな』なんて冗談みたいな名前、何で付けたんだって実は思ってたんだよねぇ」


 奈々菜の言葉に親父はなんとなく気まずそうな顔をしている。 


 ——— 後から聞いてみたら実はふざけて付けた名前らしい。この話は墓まで持って行く事になった。

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