第7話 出会い⑦
——— 彼女はツバの大きい帽子を取り、俺達に顔を晒したのだが、そこに現れた顔は、妹とは雰囲気が異なる様相の顔だった。
まず最初に目についたのは
そしてメガネを掛けているが、そのメガネは『ダサメガネ』とも違う顔の輪郭に合わない形で黒くて太い縁の無骨なメガネだ。
髪は黒髪で後ろ髪は纏まり無くボサボサ。前髪は目元まで掛かっていて目元を隠している。
ただ、その顔を見た俺は凄い違和感を覚えた。ついでに奈々菜は『お兄ちゃんと同じ』と思ってたそうだ。
「あの……有難う御座いました。私、その……」
翠さんは深くお辞儀をしてお礼を述べようとする。
「あの……」
「お礼はいいよ。あ、帽子……帽子被って」
また発作を起こされたらと思い、帽子を被るよう促した。そして俺は翠さんに俺自身の事を確認してみた。
「えっと……翠さんは……俺の顔……見た?」
俺は翠さんの顔を覗き込むように伺う。
翠さんは帽子を被りながら答えてくれた。
「いえ……ジャケットで……背中しか……」
「だったらいいや」
まぁ、ずっと彼女に背中を向けてたしな。ただ、妹はそうはいかない。
「あの……藍……ちゃん」
「はい?」
俺は藍ちゃんの名前を呼ぶが、どうにも初めて呼ぶ名前に躊躇いを感じる。
「俺の顔……その……学校では内緒で頼む。俺もお姉さんと同じでちょっと人の視線……あんまり得意じゃないんで……」
「あ、それは大丈夫……うん。お姉ちゃんと同じだね」
「同じ……? あ、うん、同じね」
さっきも言っていたが『同じ』というワード。なんなんだ? この時俺は、藍ちゃんが言う『同じ』は『視線』の事を言っていると思っていた。
———ピーポーピーポーピーポー……
救急車が来た。さっきいたスーツのお姉さんは看護師っぽかったから心配していなかったが、サイレンを聴いて安堵感に包まれる。
「お兄ちゃんそろそろ……」
「そうだな。俺達帰るところだったんだけど……二人は?」
「あ、私達も帰るところでした」
「じゃぁ折角だし……一緒にどう?」
「はい。是非♪」
——— 俺は何を言ってるんだ! 『女が苦手』なのに何誘ってる!
一緒に帰るって事は彼女達は家に着くまで一緒って事だ。って事は体は強張り続けるって事で、そうなった俺の体はどうなるんだ?
——— って、あんまり二人から不快感とか強張る感じとか全然無いんだが……なんで?
――― 俺達四人は家路に着く。駅ビルに入ると、救急隊員が男性をストレッチャーに乗せ移動しようとしていた。早いな。
その状況を見て翠さんが呟く。
「大丈夫かな?」
ん? あんた人の心配する依然にあんたもヤバかったでしょ! と言いたかったが、そこはグッと堪えたつもりが思わず口に出していた。
「いやいや、翠さんもヤバかったでしょ!」
「まぁ……でも、私は視線さえ無ければ元に戻るんで大丈夫。へへへ」
「そうなの? なら良いんだけど……」
余りにもあっけらかんと答える翠さんにちょっと呆れてしまった。
改札に着くと皆スマートフォンをセンサーに当てて改札を通り、ホームへの階段を降りた。
奈々菜と藍ちゃんは『身内が勘違いする』程、容姿が似ている。しかも今日の二人の装いも制服風ガーリー仕立てで
ホームに二人で立っていると『双子?』という声が結構聞こえてきた。しかも二人とも可愛いから周りの視線も集まる。二人ともご機嫌でニコニコしているもんだから余計に可愛く見えて視線を集めていた。
「あの……先日見た時から思ってたんだけど、奈々菜ちゃんって『藍を美人にするとこんな感じ』って子だね」
「はは……俺から言わせると藍ちゃんって『奈々菜を可愛らしくするとこんな感じ』だな」
「しかし……ホント双子かって位そっくりだね」
「翠さんの親父さんもお袋さんもビックリしてたし、俺ら身内がそう思うんだからよっぽどだと思うよ。うちらの両親達、仲良いみたいだし俺達が知らないだけで実はホントに双子なんじゃね?」
「まさかね……しかし妹達、ホント気が合うみたいね……」
「俺は妹が初対面の子の名前呼ぶの初めて見たよ。ってか、話し掛けてる事すら始めて見た」
「うちのも自分からID交換申し出てるの初めて見た」
気付けば二人はスマートフォンを取り出してメッセージアプリのIDを交換していた。
この年頃の女の子は『情報』と『情報網』が命だ。数が多い程優位に立てる。何に対する優位なのかは謎だが、そういうものだと俺は思っている。
ただ、奈々菜は以前の学校ではIDを沢山交換して後悔していた。なので今度の学校では誰ともIDを交換しないと言っていたのに……。
前回の反省は何処に行ったのやら。
間も無くして電車が入ってきた。春休みとは言え今日は平日である。時間的にも仕事帰りの人と買い物帰りの人で車内はかなりの乗客がいた。
車内の座席は全部埋まっていたが、通路はそれ程混んでいない。
奈々菜と藍ちゃんは向かい合って立つが、電車という狭い空間に『同じ顔の可愛らしい女の子』が現れ、車内は一瞬、彼女達が場を支配した。
お陰で俺と翠さんに視線は一切来ず、二人で少し離れた場所に立った。ただ、翠さんは俺が立つ正面に横向きで立つ形となった。非常にヤバイ形だ。良い香りもする。別な意味でもやばい。
二人にある程度の空間はあるが、電車が揺れればぶつかる空間でしか無い。
「け、結構混むな……」
「平日だし時間帯も帰宅時間だからね……仕事帰りの人多いね」
そして電車は発車する。翠さんと会話すること無く、目的の駅に着くまで終始無言だ。
今まで自分からコミュニケーションを取ってこなかったツケってやつか? こういう時「陽キャ」の能力が羨ましく思う。微妙に気まずい時間が流れるが、俺は自分自身の『症状』の事を忘れていた事に気付く。
――― 体が強張っていない……なんだ? 会話の事ばかり考えていたからか?
何時も襲ってくる僅かな、身構える様な『体の硬直』が起きない事に疑問を感じながら、電車が揺れる度にぶつかる翠さんの体の柔らかさにちょっとドキドキしていた。
自分で言うのも何だが別の意味で硬直してしまい、ちょっと笑いそうになった。
違う所も硬直しそうになるが、そこは心の中で般若心経を唱え続けて何とか耐えた。
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