第6話 出会い⑥
——— 私はお姉ちゃんを介抱しながらも、突然素顔を曝け出した男に……男の顔に見惚れていた。
周りの人もその男の顔に見惚れている。
女性は勿論だが男性もだ。
皆、彼の顔に惚け、彼の動きを目で追い始めた。
突然現れた隣の部屋の男は何をした?
——— 前髪を上げた。
男がした事はそれだけだ。
その動作だけで彼の動きを追っていた者全てが彼から目が離せなくなった。離せない。見入る。いや魅入ってしまう。
——— 前髪をカチューシャで上げ、現れたその顔は、一言で言うと「イケメン」のそれなのだが、「イケメン」と一言で言い表すには物足りない、女性は勿論、男性をも惹きつける「次元の違うイケメン」がそこに現れた。
髪を上げた男は大げさに周りの者に声を掛けながら倒れている男性に手を添える。
身振り手振り、立ち振る舞い。
そして
全てが男に惹き込まれる。
男の存在感が既に『この場の主人公』になっていた。
そして男は態とらしく声を出す。
「大丈夫ですか? 救急車は呼んでるですよね? 駅員さんは? 駅員さんも呼んで!」
※ ※ ※
――― 私は震え硬直する体を
油断した。いや、過ぎた事は仕方がない。
私は私に集まる周りの視線に気付いた。ただそれだけだ。気付かなければ硬直する事はなかった。尤も気付かないでいる事は無理な訳だが……。
対人的な精神的疾患には色々有るが、妹が男に話した『社交不安症』はその総称だ。
私は視線が集まると発作が起きる、所謂『視線恐怖症』という病気を患っている。症状は人それぞれだが、私は体が震えて硬直する。人によっては目眩だったり吐き気なんてのも有るかもしれない。
そして今、視線が集まりその発作を引き起こしているわけだが、私は不意に掛けられたジャケットのお陰で周りの視線が途切れたと認識した。その認識により少し体が動くようになった。
そして大袈裟に声を上げる男の声に気付き、私はジャケットの隙間から外の状況を確認する。
——— 誰だろう?
隙間から見えた光景は、一人の男がその場を仕切っている姿だった。
男の姿は背中しか見えていないが、周りの視線がその男に集まっていた。この人何をしたんだろう? 何をすればそんなに視線が集まる?
ただ、その視線は私も見覚えのある……私にも散々向けられた視線だ。
私は目の前の男性のお陰で視線が自分に向いていない事をハッキリ認識出来た。すると体の硬直が少し
※ ※ ※
———よし。あの姉妹は何とかこの場から移動出来たようだ。奈々菜も一緒に着いて行った。俺のジャケットもあるしな。俺もその場をさっと離れてカチューシャを外した。
——— 駅ビルの外に出ると、二人の少女は外のベンチに腰を下ろし水を飲んでいた。
その二人を心配そうに立って見守る奈々菜。
俺は三人の姿を確認して駆け寄る。
「——— 大丈夫そうだな」
少女は姉の背中を
「有り難う御座いました。本当に有り難う御座いました。私一人じゃどうにもならなかった……」
「頭あげて。いや、俺だって苦肉の策であんな事しか思い付かなかったんだ。偶々上手く行っただけで大した事した訳じゃない」
「でも、髪、上げた時ビックリしました。その……顔は勿論何ですけど、まさか咄嗟にあんな方法で人の目を集めるって……あ、服も有り難う御座いました」
ジャケットは既に奈々菜が持っていた。俺は奈々菜からジャケット受け取りそのまま羽織った。そしてメガネと帽子を身に付ける。当然髪はボサボサに整えた。
しかし、この女の子、何となく俺に対して『免疫』っていうか『耐性』があるように感じるんだよな。
俺が顔を晒せば、さっきの群衆みたいな反応を示して大抵惚ける。
——— この子慣れてる? 話してて全然普通なんだよ。なんだろ、この違和感。
「覚えて無いかも知れないが、君が住むマンションの隣の部屋の
「お隣さんだったのは
彼女は同じと言った。同じ? 何に対してだ? 奈々菜も不思議そうな顔をしている。俺ら兄妹は『同じ』という言葉が引っ掛かり、お互い顔を見合わせる。
見合わせたところでその意味に気付くわけもなく、何かに勘づく迄にも至らない。
※ ※ ※
——— 体は大分落ち着いた。まだ動悸が治らない感じだけど、あと一回大きく深呼吸すれば落ち着く……そんな感じだ。
私の状態が回復したと分かった藍は目の前の二人に自己紹介をした。
「申し遅れました。私達……えっと、私は『
「新山学園? 同じ歳ってのは親父に聞いてたけど学校も同じか」
「そうなんですか?」
あっちも私達と同じ歳ってのは聞いてたようだ。そんでもって学校も同じか……藍の反応見ると悪い人じゃ無さそうだけど……すると藍によく似た女の子も自己紹介をしてきた。
※ ※ ※
——— 奈々菜が相手の自己紹介に応える。
「はい。私は『
——— !
俺は驚いた。まさか奈々菜が相手の名前を、しかも初対面で呼ぶなんて思いもしないっていうより初めて見た。いや、聞いた。
俺は動揺したお陰で彼女達に挨拶をし損ねてしまった。
すると完全に動けるようになった翠さんがスッと立ち上がった。
彼女は周りに気を配り、誰も自分の方を見ていない事を確認してツバの大きいキャスケット帽をゆっくり取って胸の前で両手で持った。
そしてそこに現れた顔は、妹とは似ても似付かぬ様相で『ホントに姉妹なの?』と思う程、全く異なる顔……いや、雰囲気だった。
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