第5話 出会い⑤

 ——— 奈々菜を待っていると、男が倒れ、そして介抱していた少女が突然体を震わせながら動かなくなってしまった。

 俺はその状況が全く理解出来ずにいた。


 ——— 伝染病? 


 そんな即効性のある病気なんてゾンビ系の映画でしか見たことがない。

 なら何だ? 

 状況が余りにも不可解で、俺は無意識に歩み寄っていたようだ。

 気が付けば少女にあと三メートルという所迄近付いていた。

 すると奈々菜が戻って来た。


「お兄ちゃんお待たせ……どうしたの?」

「人が倒れたんだけど、介抱してた子もなんか震え始めて……どうしたんだ?」


 俺は怪訝けげんな面持ちでその場を見つめる。

 すると目の前に一人の少女が飛び込んで来た。そしてしゃがみ、背中に手を置き、震える少女に声を掛ける。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんしっかり! ……ダメだ。視線が集まりすぎた。どうしよう……」


 駆け寄って来た少女は、どうやら震えている少女の妹らしいが、どこかで見たことがある少女……奈々菜だ! 


 ——— あれ? 


 奈々菜は俺の隣に立っている。じゃあこの子は……。


「あ! あの子隣の部屋の……」


 俺の認識と同時に奈々菜の口から正解が出た。

 そう、隣の部屋の女の子だ。

 引っ越して来た日に見掛けて以来、全く見掛ける事は無かったが、奈々菜瓜二つにそっくりな女の子だ。

 少女は姉の背中に手を置き、時折りさすりながら辺りをキョロキョロ見渡す。現状を打破する手立てが無いか探しているようだ。

 ただ、この子の口から気になる言葉が聞こえてきた。


 ——— 視線が集まり過ぎた。

 

 ……? 確かにそう言った。何だ? ……視線を逸らせばいいのか?

 少女から聞こえた言葉に俺は無意識に行動していた。気付けば俺は目の前の少女に少女に声を掛けていた。


「なぁ、その子 ———」



 ※  ※  ※



 ——— 私は本屋で問題集を買い、待ち合わせ場所に向かって歩いた。

 ステンドグラスが見えると結構な人集ひとだかりが出来ていた。


 ——— 嫌な予感がする。


 お姉ちゃんに何も無ければいいと思って足早にその人集りに近付くと、男性を介抱している隣で蹲って震えている女性の姿が見えた。


 ——— お姉ちゃんだ! 


 私は急いで姉の元へ駆け付けた。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんしっかり! ……ダメだ。視線が集まりすぎた。どうしよう……」


 うずくまる姉。

 何事かとそれを見る周りの人達。視線が完全に姉に集中していた。

 私はこの視線を遮る手立てを考える。

 考えるがそんな手立ては思い付かず、周りを見るがそんな都合の良い道具なんて落ちてやしない。

 困り果てた私は周りを見る事しか出来ないでいた。


 ——— 視線を姉から逸らす方法を考えろ!


 私は自分に言い聞かせ、必死にその方法を考えるが、そんな手立ては思い付く事すら出来ずにいた……正直泣きたい気分だが、泣いても姉が立ち直る事は出来ない。


「なぁ、その子、視線を逸らせば動けるようになるのか?」


 ——— 突然背中から声が聞こえた。

 私はその男性の声に頭を上げ振り返る。するとどこかで見た事がある男が自分の背後に立っていた。

 誰だろう? なんか見覚えがあるような……思い出そうとするが顔がよく見えないので思い出せない。

 こんな時にもどかしい! 

 そう思った時、その男の後ろに女の子が立っているのに気付いた。

 彼女の顔はハッキリ覚えている。隣の部屋の子だ。私はその男が隣の部屋の男だと思い出した。

 殆ど初対面にも等しい男に突然話しかけられ驚く。

 この男が何とかしてくれるとは思えなかったが、私も切迫詰まっていた。藁にもすがる思いで姉の病気の事を伝えた。


「え? あ、はい。お姉ちゃん……社交不安症……簡単に言うと『視線恐怖症』なんです。だから視線が集まると体が……」


 私は男の問いに答えながらも、何か手立てが無いかと辺りをキョロキョロ見て「当ての無い何か」を探した。



 ※  ※  ※



 ——— 俺は少女の言葉を聞き、自分が出来る事、何をすれば現状解決するのか考えた。

 何をすれば良い? 少女は視線恐怖症と言った。なら


 ——— 彼女から視線を逸らせば良い。


 方法はどうすえる? 

 彼女の視線を逸らすには……此処から無理矢理連れ出すか? いやいや、抱き上げるのは良いが、女なんて信用ならない。今のご時世、後から何言われるか分かったもんじゃない。

 下手すりゃ裁判沙汰も有り得る。

 触れずに解決できるなら、それにこした事は無い……じゃあどうする? ……別の物に視線を集めるか……何処に? 


 ——— 俺か? 俺に視線を集めればいいのか? 確かにだが……。


 俺は俺自身出した方法に、気が全く進まなかったが、彼女達を救うべく行動に移した。


「奈々菜、荷物持っててくれ。それと……そのカチューシャ借りるな」

「お兄ちゃん……分かった」


 奈々菜は俺がやろうとしている事に気付いたようだ。

 心配そうに俺の顔を見るが、正直俺もこの場でこんな事はしたく無い。

 俺も蹲る少女と同じで視線恐怖症のは有る。ただ、『怖い』と言うより『不快』に感じるだけだ。我慢すればどうという事は無い。

 俺はこれから浴びる視線に覚悟を決めメガネを外し帽子を脱いだ。そして荷物を奈々菜に預け、ジャケットを脱ぎ、無造作に震えている少女の頭に被せた。


「汗臭くても我慢してくれ」


 震えている少女にそう告げると、介抱している奈々菜似の少女は俺の動きを目で追い始めた。

 震える少女を見ていた周りの者も俺がジャケットを被せた事で俺の動きを目で追い始める。

 俺は荷物で両手が塞がっている奈々菜の頭から徐にカチューシャを外した。

 このカチューシャ、結構女性的なデザインだ。男の俺が付けるには少し勇気がいるが今はそうも言ってられない。ま、カチューシャよりな。

 俺は手にしたカチューシャで自分の前髪を上げ、顔を晒した。


「———え?!」


 その瞬間、少女を始め、その場にいた全員が俺の顔を見て驚く。

 俺はそのままわざとらしく注目を浴びるように大袈裟に振る舞いながら倒れている男性の元へ歩み寄った。

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